「自分の受け入れ方」はその人の人生のストーリーだ
これは、プラスサイズモデルの吉野なおさん著の「コンプレックスをひっくり返す」を読んで、異なる立場ながら同じく摂食障害を経験した私が思うことをつづった記事です。
以前、助産師YouTuberシオリーヌさん著の食べるの怖いなを読んだ時もそうだったんですが、「共感するところがありすぎて心がいてぇ…!」と心臓ぎゅるぎゅる言わせながら読んでおりました…。摂食障害の部分は特に一度にバッと読めないのよね、未だに。
特に、過食症で暴食していたときの
とか
っていう気付きの部分とか
って急に冷静になって自分の思考がおかしく思えてきちゃうとことか。
摂食障害を克服するのに8年くらいかかった私は、今でもその後遺症というか、「いつかぶり返すかもしれない」という不安定さを抱えています。
例えば、今でも日本に帰ったときに試着室に持っていった服が全部入らなかったとなると数日後に思い出してシュンとしちゃうし、体重計に毎日乗るようになったらたぶん躍起になって減らそうとしちゃうし、レコーディングや糖質制限やったら反動で過食が始まってしまいそうな気がする。
アルコール中毒になった人って、一生「完治」とは呼ばないそうで、20年間飲んでないとしても「20年間アル中と向き合い続けてる人」になるんだそうです。
私の摂食障害も似た感覚で、いつ何のきっかけでぶり返すか分からない。
トレーナーとして指導する立場にあっても、です。克服するために必要な知識も、克服した経験もあるのに、それでもやっぱりね、これ以上踏み入れたら崖が崩れ落ちそう、みたいなラインはあるんですよね。
だから、自分が安心できる環境で、自分にとって有害な情報を避け、そのままの自分を受け入れてくれる人たちと一緒にいることで、自分を守り続けていかないといけないんだなというのをこの本を読んで再認識しました。
コンプレックスなんて誰にだってあるし、無くして完璧人間になったところで、数年経って美の基準が変わればまた不満が生まれてくるもんなんですよね。
流行りの眉毛の形とかもさ、変わり続けるじゃないですか。
モー娘。全盛期のビデオとか見ると「これが当時の『美しい』だったっけかー!」とびっくりしますよね。
コンプレックスも同様に、時が変われば基準が変わる。今アメリカのZ世代の間ではそばかすが人気なようで、タトゥーで鼻やほっぺにそばかす入れることもあるんだって。(元からそばかすある私、ちょっと嬉しい)
コンプレックスや美しさの基準なんて時や場所や人が変われば変わってしまう普遍的なものであり、結局は社会に植え付けられた価値観だったり、自分の頭の中で好き嫌いが起こってるだけものなんですよね。
私も日本でずっとお尻が大きいのからかわれてきたけど、ニュージーランド来たら「mikikoどんなトレーニングしたらそんなお尻になるの!」とべた褒めされたりするんですよ。私の身体は変わってないのに。
自分が自分を否定し続ける限りコンプレックスは心をむしばみ続けるし、自分の心の声を無視し続ける限りコントロールを失って暴走し続ける。
反対に、自己否定をやめてあげれば落ち着いて自分をハグしてあげることができるようになるし、自分の心を聞いてあげれば身体は答えてくれる。
私とは違う経路で「自分を受け入れる」に行き着いた吉野なおさんのストーリーを聞けて、また別の角度で色々考えさせられたのでした!
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