親子だから(母の難病#9)
【10月8日】
この日は主治医から経過報告があった。
・様々な検査をしたが、やはりクロイツフェルト・ヤコブ病で間違いないだろう。
・しかし決定するには、母の髄液を長崎大学病院での検査に出さなければならない。結果が返ってくるのは1〜2ヶ月後。
・検査は終了したが、脳波にてんかん波が出ているのが気になる。数日おいて再検査をさせてもらいたい。
などのことを、丁寧に説明を受けた。
髄液検査の結果が返ってくる頃には、母の命が終わっているのではなかろうか…。
そんな不謹慎なことが頭をよぎったが、髄液検査ができるのはその病院だけらしいので、待つより他ない。
検査後の見通しにも触れられた。
大学病院で検査が終了したら、かかりつけのA病院に転院する。その後、A病院で過ごしながら髄液検査の結果を待ち、療養型の病院か有料高齢者施設に再転院するようになる。
それを聞いて、困ったことが1つ出てきた。それは、A病院の面会が全面禁止であることだ。大学病院では、1日15分と短かったが毎日面会が可能だった。実質1日おきくらいに通い詰めた。だからこそ、母の様子を自分の目で追ってこれた。
しかし、それができなくなる。
できなくなったらどうなるのか…。
多分どうもならない。
一気に症状が進み、自分のことを忘れられるのが怖いような気がするだけだ。
それを恐れるほど、私たち親子は仲がよかったかと言えば微妙である。
外から見れば特に問題がなさそうに見えていたと思うが、私の内面はとても複雑だ。
両親が施設に入所していたときは、通院サポートや書類作成以外に積極的に面会したことはほぼなかった。
それが、今では面会にこだわり、動揺している。なぜだろう。
それは、目の前に死が迫っているから。
そして、自分の親だから。なのだろうか。
母には色々と言いたいことが山ほどあるが、それでもこれまでの48年間、私を生み育て、気にかけてくれた人である。
母に元気でいてほしいと思ったこともあるし、早く死んでくれと思ったこともある。さまざまな気持ちが存在し、日によって濃淡がありつつも、親に寄り添いたい、つながりたい、という願いは、心の奥底にあり続ける。
その願いが叶うことを諦めたくないと思う自分がいるし、もうどうでもいいと思う自分もいる。
そして、本当はその願いがもうすでに叶っていることを認めたくない自分もいる。
娘って、親って面倒だな、と思いつつ、もう少しの間「親子」の時間を味わうことにしようと思っている。