エンターテイメントと「思いやり」
楽曲コンペに参加していると、楽曲を集めている作家事務所や音楽出版社等から音楽ファイルの指定を依頼されるケースがある。面倒臭いな、と想いながらマイプレイリストからクレジット情報がタグ付けされたiTunesの楽曲を一度デスクトップに取り出し、リネームしたのちiTuneに入れ替えリネームを行う。先方から指定のネーミングは恐らく、デスクトップに並べた状態でソートしやすいといった類の先方の一方的な都合で、こちらの手間は少しかかる。この少しの手間というのが切迫したスケジュールの中で音楽制作をしていると、かなり膨大な手間、というか少しストレスのかかる作業でもある。
楽曲管理をデスクトップ上で行うと可視化出来るタグ、詳細情報が圧倒的に少ないのと、リネームがソフトウェア依存になるので圧倒的に効率が悪い。iTunes上で全ての楽曲の情報を管理する事は、情報量の多さ、ソートの簡易性、サーチのスピード感、等、とても便利だ。急がば回れ、である。しかし作家マネジメントは楽曲管理に対してそこまでの情報を求めていない。というより、詳細情報の管理は提出先のクリエイターに任せている状態でマネジメントから程遠い。と憶うプロダクトもたまにある。
しかしクライアントの都合に合わせてネーミング、ファイリングするする事は相手の仕事の時間を減らしている事につながり、相手にとって都合の良い存在(クリエイター)になれる。勿論、最高の楽曲のプレゼンスがあるクリエイターはクライアントにとってとても重宝される存在なのだが、楽曲を評価する価値観の曖昧さや、セレクションがビジネス主導になるタイミングでは相手にとって「いかに都合の良い存在になれるか」というのがとても重要になる。
レスポンスの速さに優れたクリエイターはこちらにとっては「都合の良い存在」だ。信頼のおけるプロのクリエイター達は5分〜30分くらいでこちらからのオーダーに対するレスポンスがすぐさまある。アマチュアの新人クリエイターは発注から半日〜1日くらいのレス、というのはザラである。音楽以外にバイトをしている時間等の都合も新人クリエイターにはあるのだろうが発注する側からその都合は考慮する事は出来ない。頑張ってバイトをしている、遊んでいる、家庭の都合、色々な言い訳が存在するが、こちらにとってはそのコンテンツはどれも同等である。
「有名なメジャーの作品を決めたい」と意気込む輩がいる。クオリティーはまずまずである。しかしレスポンスが遅い。大きめのアイテムでは数多くの人が制作に関わり、最下層、下請けの作曲家等クリエイターに係けられる時間は通常のそれより圧倒的に少ない。そして運良くメジャー作品への採用が数多くの人のサポートで成就した後は新しいフェーズに入る、という事を理解しておく必要がある。クオリティーの高い、ユーザーの納得出来る作品を創りあげる事はマストであり、そのクラスでは仕上げる作品は価値観によるセレクションしか存在しない。そしてビジネスなので相手の負担をいかに減らす事が出来るか?という相手の意向を先回りする、というメンタリティーがとても重宝される。
音楽が本業になる前、どんな些細な連絡でも「絶対に直ぐレスポンスしなければならない」というプレッシャーを感じながら制作活動に圧倒的なプライオリティーを置いていた。それが当然と思っていたが、同時に楽しんでもいた。エンタテイメントや教育に対する価値観もゆとり、というか随分マインドがゆるくなった。今、新人に対して自分が行なってきた行動と同じ価値観を押し付ける事は、哀しいかな随分前で正直、辞めた。
レスの遅さを補うに余るクオリティーの高さや、オリジナリィーのある新人には積極的にオーダーやコライトをしたい。しかし音楽マーケットの縮小から予算の低下=時間の低下、とう現在の音楽を取り巻く環境からするとスピード感を持たないクリエイターと仕事を共にする事のリスクは制作をする上でもっとも回避すべき最重要ポイントである。
幼少時代にとあるキャンプに参加した際、最後のミーティングで班長の大学生が「思いやり」という言葉を反省ノートの後ろ表紙に綴ってくれた。幼な心を擽られた。エンターテイメントは人を楽しませる職種である。ユーザーの嗜好だけでなくクライアントの都合、気持ちを汲み取る事はとても大切なのでは?と深く憶う。
*写真は近日up予定のカバー動画のジャケット。アーチストのプレゼンテーションの要望の立場にたって作曲家の範疇を超えて写真、動画をごく日常のルーティンのごとく撮影したりする、そんな時代に突入する予感。(「藤末樹 : YouTubeチャンネル」の登録はこちら→http://bit.ly/MikiFujisue)