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水木しげるの左腕

わが家では2010年3月に放映開始された「ゲゲゲの女房」がきっかけでNHKの朝ドラを観るようになった。その原作であり、ベストセラーになった武良布枝「ゲゲゲの女房」の以下を読むたびに感動を抑えきれない。

夏のある晩のこと、私は夕食の用意ができたので水木を呼びに行きました。仕事場をのぞいたら、いつものように水木は無心に仕事をしていました。左腕がないために体をねじって左の肩で紙をおさえるので、自然に顔は紙のすぐ上。汗が流れ落ちて原稿にシミがつかないように、タオルの鉢巻をして、その体勢のまま、ひたすら描き続けていました。あまりに夢中になっているその姿に私は声をかけることができず、しばらくその場に立ちすくんでしまいました。これほど集中して一つのことに打ち込む人間を、私はそれまでに見たことがありませんでした。

人間はえてして自分の足りない部分に目がいき、弱音を吐いたり愚痴を言ったりして自分ができないことの言い訳をするものだ。水木しげるには一切そういうことがなかった。二人の娘も普段父親が片腕だということを意識することはなかったという。
長女の尚子が中学生の頃、家族でデパートに行った。夏だったので水木しげるの半袖の左腕に何人かの人がジロジロ見るのに気づき、お父さんは片腕だったんだ!と思ったそうだ。

結婚当初も布枝に「ネクタイ結ぶ以外は片手で何でもできますけん」と言い、事実そうだった。

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