見出し画像

「マラソンランナーすごっと思った話」



天見に行ってきた。というと大阪府民のおよそ85パーセント(当社調べ)が松原の?と答える。チッチッチ、これだからトーシローは困るぜ。それは天美だ。私は大阪府の地の涯、もう少しで和歌山県境の河内長野の天見駅に行ってきたんである。それも自転車で。わが愛車ルイガノで。ルイガノは中古を譲り受けたのだが、かなりあちこち走り回って今まで変速機が落っこちたり、サドルのパイプが折れたり、タイヤの溝がなくなって交換したりとかなり年期が入っている。

ある日、ネットでとあるサイクリングロードの写真を見つけた。それは旧南海高野線の廃線跡にできた道でまるで森の中のようであった。眼下には小川まで流れている。誰が名づけたのかトトロ街道というらしい。

ええやん、ここ。

これは是非死ぬ前に行ってみたい、よく聞いとけよ、にいちゃん、そのうちそのうちゆうとるうちに人間の一生なんちあっちゅう間やけんのう。チャカがなんぼのもんじゃい。オヤジのためならいつでもタマ取ってきまっせ。

というわけで出発したのが猛暑の8月だったのだが、天王寺駅に着く前に、この日のために買ったスマホホルダーに差していたiPhoneのナビアプリが音を上げた。暑いので少し休ませてください、みたいな表示が出た。

ちっ、クーラーの効いたオフィスから現場に配置換えさせられた根性なしの会社員かよ。そういえば以前、奈良の天理市に行こうとナビの指示通りに走ったら自動車も避けるような鬼勾配の峠をふた山越えさせられてマジきつかった。気がきかない上に根性なしか!(いや、自分が悪いんです。すみません、ナビ様)

というわけで10月のある日。日本晴れ。暑くも寒くもなし、という絶好のサイクリング日和の朝の7時に出発した。どうせなら富田林の寺内町にも寄って行こう。天見駅まで往復80キロだから午前中には帰ってこれるだろう。今思えば甘い、甘いよ、自分。「カレーの王子さま」くらい甘いよ。ついでに「男はつらいよ」の初代おいちゃんが「バカだねえ、本当にあいつはバカだねえ」とつぶやく姿が目に見えるようだ。

とにかくPLの塔を遠目に眺めながら寺内町に到着したのが9時。寺内町は想像以上に素晴らしかった。江戸時代そのままの街並みで、ひょっこりと藤田まことが出てきそうだ。帝釈天で源ちゃんが鐘を撞いていても違和感ないようなお寺もある。吉田松陰が長逗留し、山岡鉄舟の書が残っている旧家を見物しているうちに小一時間と長尻になっちまったぜ。それから高野街道をひたすら走り、入り口まで少し迷ったが、トトロ街道は隔絶した世界のようだった。苦労してここまで来た甲斐があったってもんだ。秋の田園風景を抜けてゴールの天見駅に到着したのが2時だ。思ったより時間がかかった。さて、帰ろうとしたときに妻からメール。

「子どもが4時に学校が終わって家に帰るから眼科に連れていってください。予約してます」

ひえっ、アップダウンもある信号機もある40キロを2時間か!

それからひたすら走った。競輪選手のように走った。信号機の待ち時間がもどかしい。
水分補給のためにコンビニに三回寄った。

「禰豆子、待ってろ」

思わず炭治郎が憑依。
大阪狭山市、堺から大和川を越え、大阪市内へ。自宅まであと8キロの時点で4時になった。
子どもに電話する。

「一人で先に病院に行っといて。受付にお父さんはあとから来るから、って」

ラストスパートで病院に駆け込む。子どもは待合室のソファーに座って雑誌を読んでいた。
その隣に倒れるようにして座り込む。

ハア、ハア、ハア

待合室にモーツァルトが静かに流れていた。
なんだか別世界…
今までの爆走が夢みたいな….
42キロを2時間20分。

「マラソンランナーってマジすげえ…」

実際に走った時よりもその凄さを実感した出来事なのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?