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09 訪問リハビリの日常【グリーフケア】


グリーフケア(grief care):死別を経験した人に、さりげなく寄り添い、援助することを「グリーフケア」と言います。
grief:悲嘆、深い悲しみ

日本グリーフケア協会から一部抜粋


「訪問リハビリの日常」は、私の体験をもとにしたフィクションです。登場人物は架空の人物であり、実際の出来事とは異なります。


 訪問リハビリは、基本的に1人で利用者さんのお宅に伺います。でも今日は違います。訪問診療の医師、訪問看護師、そして訪問リハビリスタッフの私の3人で、利用者さんのお宅に伺いました。いや、元利用者様と言った方が正しいかもしれません。先日亡くなった利用者様のご家族のグリーフケアに伺ったのです。

 玄関のチャイム鳴らすと旦那様が迎え入れてくれました。「今日は忙しい中、家内のためにありがとうございます。」と少しやつれた顔で家の中に招き入れてくれました。玄関はきれいに整えられており、あちこちに花が飾られていました。「家内は花が好きでね。」と旦那様は説明してくれました。「さぁ、中にどうぞどうぞ。」と招かれたので、最初に入った医師に続き、訪問看護師、そして私の順番に入っていきました。長年、病院で働き、まだ訪問リハビリ歴3年目の私は、亡くなった利用者様のお宅に伺うのは、この時が初めてでした。お部屋には、大きな額縁の中に笑顔の利用者様がいました。「良い写真でしょう。『遺影の写真はこの写真にして。』と生前から家内が何度も言ってたんだよ。」旦那様は、懐かしむようにいろいろとお話をしてくれました。

 グリーフケアに伺う前は、暗く悲しい雰囲気になるかと思いましたが、先生や看護師さんと笑顔で利用者様のお話をする旦那様がありました。利用者様が亡くなってまだ一ヶ月も経っておらず、まだ利用者様がこの世にいないことが現実とは思えず、毎日この広い家で1人で寂しく暮らしているようです。ご飯もあまり食べられていないそうです。長年の介護は大変だったようですが、亡くなったら亡くなったでかなり辛く、毎日どう過ごして良いか分からないと言う話を、寂しそうに、でも笑いながら話してくれました。私はうなずくばかりで何も話せませんが、医師や看護師さんは、「そうですよね。」と相槌を打ちながら、励ますわけでもなく、一緒に悲しむわけでもなく、旦那さんの話を、うなずきながら聞いていました。時には、生前の利用者様の様子を旦那様と共有していました。話の中では旦那様が後悔している様子はなく、しっかりと看取ることができたこと、最後まで自宅で暮らしたいと言う利用者様の気持ちに寄り添えたこと、でも本当はもう少し生きて欲しかったことなど、旦那さんが今思っていることを、しっかりと話し下さいました。その思いを、特に医師に話していました。医師は、利用者様の想い、家族の想い、そして病状や予後などをその都度伝えながら、一緒にどうしたら良いかを悩みながら考えていたことを伝えていました。利用者様の苦しむ姿を見ていられず少しでも長く生きてほしくできたら入院してほしい旦那様、治療しても治らないのなら最期まで自宅で暮らしたい利用者様の気持ち、二人の気持ちに寄り添い、お二人が納得できるようサポートしていた医者と旦那様の深い信頼関係が見受けられました。
 このように一緒に深く関わってきた医師に、亡くなった後も、気持ちを受け止めてもらえることは、大切な方を亡くされた方にとっては、少しは報われることになるのではないだろうか、と感じました。旦那様も医療者である私たちにしか出来ない話をその場ですることができ、少しスッキリした表情になったように気がします。もしかしたら入院していたら今頃は生きていたのではないか、など色々と思われていたのかもしれません。しかし、医師を含め医療従事者と話をし、言葉にしたことで「これできっと良かったんだ。」と思うことができたのかもしれません。大切な家族が亡くなったこと、長年介護で大変だったこと、これから1人で生活しなければならないこと、いろいろな感情があると思います。きっと、思いを整理するには長い時間かかることでしょう。しかし、亡くなった後に、深く関わった医療従事者が訪問することは、ご家族にとって、知り合いが訪問するのとは違った部分の心の整理をすることができる手段なのかもしれません。

 医療の現場というのは、その方が亡くなったらその方と関わることは終わりだと思っていました。「グリーフケア」と言う言葉も、訪問リハビリスタッフとなった時に初めて知りました。しかし、亡くなった方の家族の心のケアと言うものも、とても大切なことだと、この時知ることができました。リハビリスタッフの私は患者様や利用者様が亡くなる現場に居合わせることは滅多にないですし、亡くなった方やご家族のケアをすると言うことも今までありませんでした。
 多死社会が既に到来しています。病気や障害を抱えている生きている人のケア、そして介護者のケアも大切ですが、亡くなった方の家族のケアなどもサポートしていく役割もあるのだと、感じました。


この話は私の体験をもとに感じたことを記載しています。そのため、内容はフィクションであり、登場人物も架空の人物です。


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春野 さとみ【理学療法士×ワーママ】
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