10 訪問リハビリの日常【言葉の力】
10年ほど前に50代で脳梗塞を発症し重度の右片麻痺になってしまった利用者様。でも利用者様はいつも前向き、「リハビリをして、もっともっと動けるようになるの。」といつも意欲的にリハビリに取り組まれています。運動メインのデイサービスにも通い、訪問リハビリも頑張っています。利き手の右手が使えず、自宅内を車椅子で移動しながら、なるべく家事もやれる範囲で自分でやっています。今のは、歩いて自宅の中を移動できるようになると言うことを目標に掲げ、日々リハビリを頑張っています。頑張っていることもあり、発症してもう10年近く経ちますが、徐々にできることが増えていっています。旦那様が仕事のため、家事は工夫しながら利用者様が行なっていますが、それでも難しく、退院直後は週5回ヘルパーさんに料理や掃除を手伝ってもらっていました。しかし、現在は週2回までヘルパーの利用を減らせています。そして、今後は週1回にヘルパーを減らそうと思っているようです。自分で行えることが増えたのです。デイサービスや訪問リハビリだけではなく、ほぼ毎日仕事が終わった旦那様と自宅の周りを散歩したり、週末は公園へ歩く練習に出掛けたり、かなり意欲的にリハビリを取り組まれています。出来ることが増えるとますます頑張るぞと思い、リハビリを頑張り、そして更にやれることが増えると言うことで好循環になっていました。
今日は金曜日、今日もその利用者様の訪問リハビリに伺う日です。チャイムを鳴らし、「こんにちは。」とお部屋に入ってみると、今日は元気のなさそうな表情です。「どうしたんですか。」と私が伺うと、利用者様は「デイサービスで『リハビリをして、麻痺の手足が動くように頑張るんだ。』と言ったら、スタッフの人から『もう麻痺は良くなりません。これ以上動くようになる事はありません。』と言われたんです。もう私の麻痺は良くならないんですか。」とデイサービスで言われたことを私に伝え、そして麻痺の手足は良くならないかを聞いてきました。悲しげな表情でした。そして「こんなにリハビリ頑張っているのにもう良くならないの。じゃあ何のためにリハビリをしているの。」と、こちらに質問を投げかけてきました。私は、デイサービスのスタッフは何と言う事を言ってくれたんだと思いました。確かに、脳梗塞・脳出血の麻痺の回復過程というものがあり、発症直後から数ヶ月のうちに急激に回復し、その後6ヶ月を過ぎた頃「プラトー」と言われて回復が停滞すると言われています。多分、デイサービスのスタッフは、麻痺の回復過程の事を考え、麻痺は良くならないと言ったと思います。そしてこの利用者様は、かなり重度な麻痺で、なかなか今後の回復も難しいと思います。しかしそういう方に対して、麻痺は良くなりません、リハビリやっても良くなりません、とリハビリを行なっているスタッフが言うことが正しいのでしょうか。私は違うと思います。きちんと事実を伝えるにしても、伝え方こそが理学療法士として必要になってくるのではないかなと思います。何も考えず、自分の知識のみを伝え、リハビリのやる気を無くす伝え方をすることは、理学療法士として問題だと思います。
現在、色々な研究が進み、プラトーを過ぎた麻痺でも適度な運動を反復することで運動麻痺は回復する可能性があることが一部の記事では言われるようになってきました。また、リハビリを行い、残存機能を生かすことで以前できなかった動作ができるようになることは、生活期のリハビリの中でしばしば見受けられる事だと思います。この利用者様も、発症から10年ほど経っていますが、現在もリハビリをすることでだんだん介助量が減っていますし、できることが増えてきています。できることが増えたおかげで、ヘルパーさんの介入の日数も減ってきましたし、室内が徐々に歩けるようになっていました。転倒の数も減っています。同じ事実を伝えるにしても伝え方がとても大切になってくると思います。そして、私たち医療者の伝え方1つで、患者さんや利用者さんのモチベーションや信頼関係が変化し、行動が変化し、結果として、その人の未来が変わってくると思います。
私は伝え方を大切にしたいと思います。それは嘘を教える、その場をはぐらかす、と言うものではなく、その人の心に寄り添った伝え方ができるようになりたいと思います。事実を伝えながらも、その方がなるべく前向きに受け止められるような伝え方を、医療者として心掛けたいと思います。
ちなみにその利用者様は、「今よりもっともっと動けるようになって、デイサービスのスタッフを見返すの。」と言って、デイサービスの日を増やし、リハビリを以前より頑張るようになりました。やはり、前向きな方は強いです!!