彼女へ
余白は色気だ。
22時過ぎ、渋谷のファミレス。
わたしと彼女の決定的なちがいが見えた気がした。
でも、不思議と悲しくはなかった。違うけど一緒にいれる、一緒にいたいと思えた。
同一化か個別化か。
他者を巻き込むか、ひとりきりで走るか。
誰かがいるから頑張れることを知っているか、まだ知らないか。
ここまで違う。
こんなに違う。
それでも彼女は迷わず、
「ちょいの伝えたいことを最大出力にするのが私の役目」そういった。
"AがあるからBになって、BがあるからCになって、Cがあるからこういう結末になる。"
そうやってすべてを説明しすぎるわたしに、「でも、それじゃ届かないでしょう」、とも。
彼女の文章は、ぜんぶを見せない。
ところどころに余白がある。
その余白からなにかが漏れ出ている。
文章には書かれていないけれど、たしかにそこにあった情感、温度、気配、痛みが漂ってくる。
えも言われぬ気持ちにさせられる。
彼女は余白をまとっている。
余白が必要なこと、余白があっていいということを知っている。
余白は色気だ、そう直感的に思う。
何杯目のドリンクバーだろう。
「私たちは見てる夢がちがうんだね」と彼女がいった。
「でも違うからこそ、合わされば最大出力になる」ともいった。
わたしはきっとうなずいた。
遠慮しいなのに頑固で、じぶんが納得いくまで絶対に折れないわたしに向き合ってくれてありがとう。
余白を、与えてくれてありがとう。
彼女と、走り抜けた。
これからも走り続けたい。