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星と風と海流の民#25/ラピタの地・バヌアツへ05

https://www.youtube.com/watch?v=hlTDfHSh-98

チル・レストランChill Restaurant(7857+PHH, Port Vila,Vanuatu)を出ると、ヤンが運転するAMGベンツは、エリク・ロードElluk Roadを左に曲がり北上した。
「蹉跌の岩礁までは、100kmは離れていない。ま、でも島は西回りで半周することになる。帰りはそのまま半周して、島を回りきろう。夕方にはホテルへ帰れるよ」ヤンは笑いながら言った。
少し走ると右側に露店のマーケットが並んでいた。
「Manples Market(78M6+W2R, Linl Hwy, Port Vila,Vanuatu)と言うんだ。農作物が並んでいる。少しは魚類も有ったな。見てみるか?」
僕が頷くと、ヤンは路上にクルマを停めた。
「置いとけないからな。俺は乗ってるよ。一回りしたら戻ってくれ」
僕はクルマを降りた。
買い物の人たちは、大半が地元の人らしい。露店に並べられているのはカサバCassavaが目立った。そしてタロイモTaroやヤムイモYam。ココナッツが有った。露天商たちは僕を見ても買えとは声をかけない。横目で見るだけだった。すこと行くとパンノキBreadfruitとバナナが地面に布を敷いて並べられていた。
僕がAMGベンツに戻ると、ヤンが窓を開けてタバコを吸っていた。
「早いね」彼が言った。
「確かに農作物ばかりだった」僕が言うと、彼は笑った。
「そうだな。カバKavaなんかも、素のまま売っている露店もある。島の人たちは根茎で買って自分で加工するんだ」
クルマはそのまま北へ入った。そして少し走ると環状の交差点になり、左へ曲がった。道は真ん中に線が引かれていない道になった。そしていつの間にか道路の舗装はされているが整備はされていないものになった。
「町はこの辺りで終わりだ」ヤンが言った。クルマは上下路を分けて走らなくなった。普通に並んで走っている。それがマニラの道を思い出させた。ヤンは気にもせずに走っている。
「少し行くとEvergreen Cascades Waterfallという滝があるんだが、これはクルマを降りて、わりと歩かないと見られないんだ。行ってみるか?」
「いや、いい」
少し走ると両サイドは原生林になった。ヤンはクルマの速度を落とした。
「この森の左の奥だ。行ったことあるが、まあそれほど見るようなものでもない。たた淡水なんでな。島では重要な給水源だ」
その原生林を抜けると、左側に海が見えた。すぐ先に島があった。
「ここらあたりマンガアシManga'asiがロイマタの領地だった。ロイマタは知ってるよな?」
「ああ、ヨーロッパ人がやってる前のバヌアツの酋長だった人だ。前がレレパ島か?」



Chief Roi Mata’s Domain(https://whc.unesco.org/en/list/1280)
「おお、さすがだな。レレパ島とエレトカ島がロイマタの領土だった。この辺りの重要な観光資源でな。ツアーがあるよ。一度だけ客に連れられて行ったが壁画と洞窟とトーテムポールが有った。2時間くらいだな。参加するならガイドの事務所に寄ってみるが?」
「いや、いい。でもクルマを降りて少し歩きたい」
「OK」ヤンはクルマを右の未舗装の道へ進めた。雑木林の中の広場だった。
「マンガアシManga'asiにロイマタの家が有ったそうだ」
住居跡だろうか、幾つも並ぶ石碑の中を歩いた後。クルマに戻った。
「レレパ島に行くと、なかなかの洞窟壁画があるんだけどな。しかしそれほど古くなくて500年ほど前のものだと聞いたな」ヤンが言った。
「ロイマタ統治は、スペイン人が到来したAD.1500年代直前まで続いた王朝だったそうだ。彼はパプア人だったろうな」
「パプア人?」
「ニューギニア島の西海岸南海岸それと内陸部にいた人たちだ。オーストラロイド系だが、身体的な特徴はアボリジニに似ている。太平洋南西域に広がったメラネシア人は、ラピタ人が代表するような
北から降りてきたモンゴロイドと、西から広がって来たオーストラロイド人が交雑して出来上がった人々だが、パプア人は中背で、肌は暗褐色、長頭、かぎ鼻、厚い唇の人たちが多い」
「なるほどな」
「太平洋西側に広がった海を能くする人々は、3000年ほど前からユーラシア大陸東南岸から何度も何度も拡散した人々だ。主流はオーストラロイド系なんだが、あまりにも長期間・あまりにも何度もわたっているので、無数に色々な人々の血が混ざって、言語的にも文化的にも身体的な特徴も複雑な形になってしまったんだよ。とくにこのエファテ島は、ニューカレドニア島とフィジー島に近しいからな。交易ルートは早くから開けていた。何代にもわたって、さまざな隼人たちが渡って来たんだよ。その最後の世代がロイマタの一族だ」
「それがパプア人だった?」
「ロイマタの伝説・神話が云うところだと、彼らがこの島に来るまで此処は諸民族が互いに憎悪し合い爭っていた。それを収めたのがロイマタだという話だ。
オーストラロイド系は母系社会が多い。これが分断されて、なおかつ隔離されると言語的にも風習的にも異質のものになる。これらがぶつかると闘争状態に入ってしまう・・というわけだ。バヌアツの諸民族が啀み合い敵視・敵対したのはその通りかもしれない。
その間を埋めたのがロイマタの一族が持ち込んだ「ナフラックNaflak」という方法なんだ。ナフラックは今でもこの島に有る。そしてこの島では、これが人間関係の根底になっている」
「ナフラック?初めて聞くな」ヤンが言った。
「贈与を根底にした物々交換システムだよ。盗られっ放し・盗りっ放しにしない、互いを信頼した交易法をロイマタの一族が持ち込んだんだよ。なぜそれが出来たか、呪術的な機能を乗せたからだ。宗教的な儀礼の中にナフラックを取り込んだんだ。これによって互いの社会的地位を定め。その社会的地位をコアにした絆を強化したんだ。とくに親族間はこれで繋がった。そしてコミュニティ全体がこれで繋がったんだよ」
「すごいね。呪術/宗教を背景にした交易システムか」
「ナフラックは個人と家族同士そして村々が相互に支援し合う制度だ。そしてその中で、互いの持ち分の仕分けができれば、分業出来るようになれば戦争はしなくなる。商いは戦争を抑制する最大最良の方法だ。
ナフラックは、宗教的儀礼的な部分を最重要視するから、今でもエファテ島の人々は、結婚、葬儀、成人の儀式、そして村全体で行う祭りのときはナフラックに則って行っている」
「知らなかった。第一、この島の冠婚葬祭には一切関わっていないからなあ」
「ナフラックの最重要品目は豚だよ。そしてヤムイモだ。それと独自の織物だ」
「織物?」
「パンダナスpandanusやヤシの葉を使った織物だ。模様は幾何学的な感じだが、宗教的なものを織り込んでいる」
「ああ、見たことある。お土産用のバッグがある」
「あれだ。この島では男が一人前として認められるようになるためにはナフラックが判断基準になる。コミュニティや家族に対して、男は一定の贈与を行う。そして自分の経済力や社会的な地位を示すんだ。その儀式を通して、男はコミュニティ内での地位を確定させ、責任を担うこと許されるんだよ。これは今でも変わらない。ナフラックによって社会的連帯と相互扶助を維持しているんだよ。これがこの島でロイマタ一族が起こした革命だ」
「マイク、今の話を後でメモさせてくれ。今度やって来た顧客にしゃべる」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました