夫婦で歩くプロヴァンス歴史散歩#34/ローヌ川経済圏02
https://www.youtube.com/watch?v=1xzQkAy0P4M
タン・エルミタージュTain-l'Hermitageへ向かうTERは、モンドラゴンMondragonの先でローヌ川を渡る。しばらく姿を見せないローヌ川はDonzèreあたりで再度鉄路の下を通る。以降は度々左横に姿を見せたまま北へ向かっている。
「葡萄畑は川の向こうなのね。こちら側にはない?」車窓を見つめながら嫁さんが言った。
「おお、良いところに気づいたね。そうなんだ。葡萄畑はローヌ川左側に作られるようになるんだ。シャトーヌフもヴァラケスもジゴンダスもすべてローヌ川の東側だろ?ローヌ渓谷のワインは、この辺りから西の斜面で作られるようになるんだよ」
「気候?」
「ん。その通り、東の太陽を斜面で豊富に浴びるためだ。ミストラルはこの辺りでも年間100日は吹く。葡萄を育てるには厳しい環境なんだよ。
それと・・もうグルナッシュは難しくなる。シラーが中心になるんだ。アロブロジカ種のほうが、より寒冷地に対応しているからな」
「不思議ね、そんなふうに見ると、ワイン畑が全然違う風に見えてくるわ」
「ワインを挟んでローマとガリアの蜜月関係は、ローマという国の衰弱と共に次第に消えてしまったんだ。貨幣の代替え物としての機能を失えば、ワインは交易商品として流通するだけになる。となると・・関税だ。移動すればするほど通行税が加算されてしまう商品になる。ガロロマンの葡萄畑が荒廃した後、その畑を再開墾して始まった葡萄畑は決して濡れ手に粟の商材じゃなくなっていたんだよ。
たしかにね、耕作面積当たりの利益効率/利益額は他の農作物より圧倒的にいい。でもそれは・・売れれば、だ」
「売れなくなっちゃったの?」
「売れた。近在にはね、でも、交易用として遠方に販売できるものは限られてしまった。課税が限界域を作り上げてしまったんだ。
その限界域を越えられるのは高額でも売れるワインだけだ。ヴァケイラスで飲んだ、ミュスカデやグルナッシュをベースにした甘口ワインを憶えているだろ?あれだ。あれは売れた」
「なるほどねぇ。その伝統を守ってヴァケイラスのワイナリーは今でも甘口ワインを生産しているのね」
「ん。プロヴァンスの甘口ワインは、マルセイユへ運ばれたり、ロアール川を抜けて大西洋岸ナントへ運ばれたり、ローヌ川を通ってシャンパニュー大市などで売られたんだよ」
「普通の赤や白は?」
「リヨンで高額な通関税を食らった。そしてその先のマコンでも同じく高額な通関税を食らった。ブルゴーニュで生産されているワインを保護するためだ。顧客側から見れば同じ赤白ワインだからな、わざわざ高い税金払ってまで好んで買う者はいない。それにブルゴーニュじゃ『南のワイン』といってバカにしてたからな。地中海側のワインは程度が低い・・と見做されていた。だからパリでの認知度も好感度も殆どゼロだった。パリに住む貴族たち富裕層たちが飲むワインは、ブルゴーニュそしてフランスワインだったんだよ」
「フランスワインって、パリ近郊で作られたワインなんでしょ?」
「ん。シャンパニューも発泡ワインが成立するまでは、シャンパニューとは呼ばれなかった。フランスワインだった」
「英国でもそうだったの?」
「英国の場合は、スペインというもう一つの選択肢があったんだよ。台頭したオランダ人商人たちはアキテーヌやラ・ロッシェル・ナントから出るワインも持ち込んでいたけどね。その中にはプロヴァンスの甘いワインを混ざっていたが・・それでも結局、陸路では越えられない・・距離と通関という商いの壁で、プロヴァンスは閉じ込められていたんだ」
「充分、美味しいのに・・」
「ん。面白くないのは地元の領主たちだ。だから、彼らは自分でワインをパリへ運んでいた。領主が運ぶには関税はいらないからな。そして国王やその側近たちに寄贈していたんだよ。ヴァロワ朝第9代フランソワ一世はローヌのワインを殊更好んでいたようだ。
フランソワ ド トゥルノン枢機卿cardinal François de Tournon.という人がいてね。彼は熱心にフランス王室へローヌ渓谷のワインを寄贈していた」
「トゥルノン枢機卿?初めて聞く名前だわ」
「彼はブールジュの大司教だった時期が有ってね、おそらくその頃にローヌのワインの秀逸性を知ったんだろうな。リヨンの大司教にもなっている。イングランド、ローマなどを相手にフランス王国の外務大臣的な立場にいた人だ。
彼が強く推したのが、それがエルミタージュの丘で作られたものだったんだよ。
エルミタージュの丘のワインには際立った個性があったからな。パリの金持ちたちは、トゥルノン枢機卿から渡される希少なローヌのワインに驚嘆していんだ。そしてエルミタージュの評判は、ブルゴーニュ/ボルドーと共にフランス三大ワインとまで言われるようになっていたんだよ」
「へえ~、でも・・何がそんなにエルミタージュワインの、際立った個性だったの?」
「シラーというセパージュだ。ピノノワール/ブルゴーニュ、メルロー/ボルドーとは、まったく異質な・硬質な個性だ。これに人々は魅了されたんだ」
「あれ?ボルドーは、カベルネ・ソーベニヨンじゃないの?」
「カベルネ・フランは有ったが、まだカベルネ・ソーベニヨンはなかった。だから当時はボルドーを代表する葡萄はピレネーを越えて入って来たメルローだったのさ」
「いまでもエルミタージュは、シラー100%で作られている」
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました