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星と風と海流の民#54/スンダランドとイヴの子供たち#04
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「東アフリカを出発した初期人類の移動と居住経路については、スティーブン・オッペンハイマー(Stephen Oppenheimerという人類学者/遺伝学者が語っている。英国の人だ。いま最前線の人類史だ。いまkonMikeがお話ししていることは、彼の提唱に基づいている」RUAの先生は僕に暗黙の了承を取りながら言った。
「彼がつい最近・・1998年だが『エデンの川を超えてEden in the East: The Drowned Continent of Southeast Asia』を書いた。スンダランドをキーワードにしてアフリカ起源な現生人類がどうやってアジアに広がったかを遺伝学的な視点から描いた秀作だ。
もうひとつ『アウト・オブ・アフリカ再考Out of Eden: The Peopling of the World』というのもあるが、こちらも面白い。
いずれも20世紀後半に発展した古代DNA分析を背景にした発見だ。21世紀に入って、人類史は猛烈な勢いで解明されつつあるからね。DNA分析は人類史の知見を大きく塗り替えている。今もだ」
若い二人は、熱心にその名前を先ほどのナフキンに書き記していた。
「KonMIkeは、初期人類の移動と居住跡を追っておられるんですか?」Suanが僕を見て言った。
「ん。趣味としてね。あくまでもアマチュアとして、仕事の合間に色々と訪ね歩いているんだよ。しかし・・ん~最終的な帰結点はそこかもしれないけど‥実は、もっと手前の、個人的な関心のほうが強い」
「個人的な関心ですか?」とSuan君
「ん。日本人のことなんだ。日本人の始祖のことなんだ。
ユーラシア大陸の極東として、ヒト類はかなり早くから日本にたどり着いていた。陸続きだったからね。残念ながら旧石器人の人骨は見つかっていない。しかし石器類は見つかってるからね。おそらくヒト類は10万年~30万年くらいには日本にたどり着いていたんだろうな」
若い二人は黙って僕を見つめた。
「現生人類が日本に入ったのは約3万年くらい前だ。彼らは北/北海道ルートと南/沖縄ルートから入ってきたといわれている」
「まだ大陸と陸続きだったんですよね」とSuan君。
「ん。LGM期ど真ん中だったからね。その南から日本へ行ったヒト類は、おそらくスンダランドから北へ拡散した人々でないかと思っているんだよ」
「スンダランドから!ですか?」とSuan君。Moau君は、じっと僕を見つめている。
「傍証として云えるのは、スンダランドと日本列島で出土する石器は、形状や製作技法に共通点が多々見られるんだ。例えば土器に彫られる文様にも共通性がある。きっと精神世界が同じだったんだろうな。精霊も祈りも社会構造も、日本のそれに持ち込んだ潮流の一つが南から上がったスンダランドの人々だった・・と僕は思うよ。
それとね、最近のDNA研究がこれを裏付けている。
日本人のミトコンドリアDNAの解析が進んで、スンダランドに由来するハプログループが見つかったんだ。まちがいなく日本へ入ったヒト/南ルートはスンダランドから来たヒトらだった。
僕が、何年か前にスティーブン・オッペンハイマーの『エデンの川を超えてEden in the East: The Drowned Continent of Southeast Asia』に出会ったのは、こうした日本人の遺伝子の中に、スンダランドに由来する遺伝子が含まれていることが明らかになってきたこと知ってからなんだ。
スンダランドってなんだ?と思った時、僕は彼の本に出合った」
「KonMikeが、今回ジャカルタの先史文明を訪ねて来られた理由は、そのためなんですか?」Moau君が言った。
「ん。そうだね。スンダランドが海進で海に消えたのは1万年以上前だ。僕は故郷を失ってしまったスンダランドの人々の軌跡に強い関心があるんだよ。ところでMoau君は『オーストロネシア語族』って知ってるかい?」
「・・はい。我々が使用している言葉ですね。」
「ん。19世紀の初めにベルリン大学ヴィルヘルム=フォン=フンベルト博士がインド洋・マレー半島・インドネシア・南太平洋の言語が共していることに気が付いてね、これをマレー=ポリネシア語族と名づけたんだ。それがいまはオーストロネシア語族と呼ばれるようになってる。きわめて古い言語構造でね。おそらくこれも始原はスンダランドで使われていた言葉だろう」
「それもスンダランドですか?!」
「オーストロネシア語族を使用する人々のDNAの中にスンダランドの軌跡がはっきりと残っているからだよ。スンダランドの人々は、文化と技術と、そして言語を携えてアジアへ広く拡散したんだ」
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