星と風と海流の民#52/スンダランドとイヴの子供たち#02
「スマトラが島になったのは最終氷河期/LGM期(Last Glacial Maximum)が終わったあとでね、約1万5000年くらい前からかな。トバ湖周辺にある新石器時代の遺跡は、スマトラがイまだンド洋北岸に広がる広大な大地の一部だった頃のものなんだよ。スマトラは失われたスンダランドの一部だった」僕が言うと、若い二人はキツネに顔をつままれたような顔をした。
「スンダランド?」二人は同席していた師の顔を問いかけるように見つめた。
「最終氷河期最盛期は現在より約120mくらい海面が低かったからね。海岸線は現在のものと大きく違う。スンダランド(Sundaland)は、インドネシアからマレーシア、タイ南部を含む東南アジアの大陸棚のことでね、当時は陸地として露出していたといわれている。
他にも、アラビア棚(Arabian Shelf)ケルゲレン大陸棚(Kerguelen Plateau)ラクシャディープ・チョーガン大陸棚(Laccadive-Chagos Plateau)など・・これらもすべて広大な陸地として露出していたのだ」先生が言った。
「120mもですか!」二人が驚嘆した。
「ん。陸地の形は現在のものと大きく違っていた」
「東アフリカを出た新石器人たちはそこを通ったんですか?」
「ん。その可能性は高い」
若い二人が黙った。
「地球の最後の寒冷化は約7万年くらい前から始まっている。地球の寒冷化現象はセルビアの地球物理学者ミルトン・ミランコビッチが、地球の公転軌道や自転軸の傾きが周期的に変化することから起きると説明している。これがミランコビッチ・サイクルだ」
「ミランコビッチ・サイクル?」
「ん。地球の公転軌道は完全な円ではなく、楕円形をしている。そのため地球と太陽との距離は周期的に変わる。それと地軸の傾きだ。地球の自転軸は傾いている。これが季節の変化をもたらしているわけだが、この自転軸が実は一定ではない。ふらふらと動いている。これらが複雑に組み合わさることで、地球に降り注ぐ太陽光の量が周期的に変化すると、ミルトン・ミランコビッチは提唱しているのだ。
その大きなサイクルの一つとして、約7万年くらい前から最終氷河期/LGM期(Last Glacial Maximum)が始まった。寒冷化によってグリーンランドや南極、北米、スカンジナビアなどに巨大な氷床が形成されて海水量が少なくなってしまった。そして現在よりも120mも海面がこくくなってしまったのだ」
若い二人が大きく頷いた。
「イブの子供たちが拡散した時、そこには広大な平野や川、湿地があったんだんだよ」僕が言った「今は海に吞み込まれて消えてしまったけどね。特に、アデン湾が陸化していたこと。ペルシャ湾が陸化していたことが、彼らの拡散を助けんだろうな」
「・・なるほど」と二人。
「ところがLGM期は2万年位前から次第に収束し始める。その収束時にメルトウォーター・パルスMeltwater Pulseと呼ばれる急激な海面上昇が複数回発生している。特に約1.4万年前に起きたMeltwater Pulse1Aでは海面が急速に約20m上昇したといわれている。続くMeltwater Pulse1Bは約1万年前に起きて、この時は約80〜100メートル上昇したという。
いまの海面高度になったのは約8,000年前〜6,000年前くらいだったといわれている」
「二人とも気が付かないか?イブの登場と先史文明の発生は、LGM期の盛衰と見事に重なっているんだよ・・実は、現生人類の台頭と最終氷河期/LGM期(Last Glacial Maximum)は深く関わりあっていると僕は見ているんだ。ヒトの変化と適合性は、イブの子供たちが最終氷河期を漸く越えられたことで得られたと僕は思っている」
僕が言うと、若い二人はびっくりしたように僕を見つめた。