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星と風と海流の民#19/フォートカニングの丘へ03

「ラッフルズ卿が此処に公邸を構えたのは1822年からだ。彼がシンガポールを統治したのは1823年までだ。24年に英蘭協定(ロンドン条約)が交わされて、公式にクリスマス島とココス・キーリング諸島を含むシンガポール海峡植民地とペナン/マラッカが英国統治下になると、26年からロバート・フラトンが替わっている」
「フラトンってフラトン・ホテルのフラトン?」
「ん。あれは1928年に中央郵便局として作られたビルだ。戦時中は日本軍が昭南島陸軍本部中央司令部があった」
「へぇ、じゃホテル・ラッフルズは?」
「いろいろ聞くなぁ。あっちは日本海軍が占拠した。海軍の高級将校たちの宿泊設備として使用されていたんだ」
「ふうん」
「ラッフルズ・ホテルは日本軍が攻めてくると判った時、銀食器を裏の庭の花壇の中に奥深く埋めたという話したよな」
「ええ。いまはランチできるところでしょ。その前の花壇でしょ」
「ん。当時からシンガポールを経済的に支配していた華僑たちは、いつまでも日本がオヤマノタイショーでいるとは思ってなかったんだろうな。どんなにがっぱっても、せいぜい100年くらいだろうって」僕が笑うと。嫁さんが言った。
「100年ねぇ。香港を99年契約で英国に貸与しちゃう国ですものねぇ」

「ちなみに、今のアデンビルAdelphi Building(1 Coleman St, singapore 179803)は、アデンホテルAdelphi Hotelだった。ここも日本軍が接収してる。ホテルデ・ルヨーロッパHotel de l'Europeもだ。ここは今シンガポールの最高裁判所(1
Supreme Ct Ln, Singapore 178879
)になっている。
当時、日本軍の占領先として一番重要だったのはキャセイビルCathay Building(2 Handy Rd, singapore 229233)で、ここに指令本部が有った」
「ベンクーレン駅のそばの?」
「ん」
「もうそのへんで止めてね。昭南島の頃の話をすると止まらなくなる」

「すいません・・ンで、ロバート・フラトンは精力的にシンガポールのインフラに力を入れた人だった。いまのシンガポールの骨格を作ったのはフラトンだった」
「ラッフルズ卿じゃなかったの?」
「ん。たしかに先鞭はラッフルズ卿だ。しかし具体的にこの町を産み出したのはロバート・フラトンなんだよ。
彼はペナン統治領の総督だった。英蘭協定で統治領が公式に拡大化したとき、ペナンの総督だったロバート・フラトンが全体を統括した・・というわけだ」
「ふうん。それってラッフルズがかなり強引に領土拡大政策を繰り返したため?オランダのご機嫌を取るために、総督をフラトンに替えたわけ?」
「いや。ちがう。職務の最中に脳卒中で倒れんだよ」
「あらま」
「まだ43歳だった。以前から軽度だったけど何回か脳卒中/dAVF(硬膜動静脈瘻)を起こしていた。このときは、かなり酷かったのかもしれない。それで、彼がシンガポールの総統を辞任したのは1923年6月。実は彼の在任期間って8か月だったんだ。そして帰国後、1826年7月5日にロンドンで再度脳卒中を起こして、この時に亡くなっている」
「なにそれ?dAVF?」
「脳みそって、外部を覆ってる硬い膜がある。これを硬膜と言うンだけど、この中を流れている動脈と静脈が、毛細血管を通さずに繋がってしまう障害だ。瘻と言うんだけどね、それがdAVF(硬膜動静脈瘻)だ。先天的な部分が多い。これを起すと脳に血液が鬱血してしまう。軽い瘻だと頭痛を起すくらいだけど、重くなると手足に麻痺がでる。そして酷くなると脳梗塞を起すんだ」
「怖いわね。ラッフルズ卿は、そんなことが何回もあったの?」
「ん。そうらしい。それを押して彼は職務についていたんだ。彼自身、自分にapoplexyが有ることは自認していたと思うよ。しかし対処法はないからな。アタマの中に抱え込んだ時限爆弾だと思いながら生きていたはずだ。それでもあれだけの功績を残したのは、痛烈な意志を持っていたからだろうな」

フォートカニングの丘に彼が建てた公邸はもうない。あるのは小さな記念の建物だけだ。すぐ傍に庭とFort Canning Flagstaffが立っている。僕らはその前に立った。
「ここに有ったラッフルズ卿の公邸を、英国政府の要塞に仕立てたのはロバート・フラトン提督だ。Government Hillと呼ばれてた。何度も改修したから、しまいにはラッフルズ卿公邸時代の面影は何もなくなってしまったんだろうな。そのときに建てられたのが、このフラッグスタッフだ。1830年代ころだと言われている。マラッカ海峡って暗礁が多いという話をしたよね。そのためにロバート・フラトン提督は此処に遥か海上からもシンガポールの場所を人させるためにフラッグスタッフを立てたんだ。最近は見つけにくいが、ついこの間までは充分役に立っていたんだよ」

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勝鬨美樹
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました