![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72433091/rectangle_large_type_2_603025b056397523ca72dca2fb1e0372.jpg?width=1200)
ジブリールダイナーのナオミ#02
14st.は地下鉄Lが横に走っている。ブルックリンとマンハッタンを繋ぐ通勤路線である。あまり豊かな人々は乗って来ない路線だ。マンハッタン区内で働くブルックリンで暮らす人々が利用する路線である。あるとき、14st.駅構内でナオミを見かけた。僕は思わず声をかけた。「これから仕事?早いね」日本語だった。ナオミは微笑みながら返してくれた。
「母に頼まれものがあって、ウチの近くじゃ買えないから」そこはかとなく関西のイントネーションだった。でも流暢な日本語である。「もし時間あれば」僕は彼女を食事に誘った。ナオミは戸惑いながら受けてくれた。
それで、8st.にあるアヱスタスaestas「夏」という名の店へ行った。まだアンリオの壁絵がないころのアヱスタスだ。
「ずいぶん日本語が上手だね。生まれは?」僕が聞くと
「Red Hookなんです」
「女神が見える街だ」僕が言うと笑った「見えないです。海岸までいかないと」
Red Hookはブルックリンでも貧しい地域だ。なんとなく彼女の背景にあるものが感じられた。
「母はいまでも英語下手なんです。亡くなった父も片言だったけど日本語話せたし、だから家の中ではずっと日本語でした」
「ん。だから上手なんだ」
「でもちっとも良いことなかった」彼女が言った。
僕は黙って彼女を見つめた。
「日系だし、父が亡くなってから今のところへ越したから、子供時代からの友達は誰もいなかったし・・すごくいじめられました。」
「日本もそうだよ。僕もそうだった・・」僕は微笑んだ。
でもそれが僕を強靭に繊細に・・した・・と思う。
強くないと生きてけない。でもやさしくないと生きてる価値はない。フィリップマーロウの言葉だ。
「それと・・ハイスクールのころは、もう私、いまの恰好になってたから・・すごいいじめられました。chippyって言われた。」
chippyは淫売というスラングだ。酷い言葉だ。
「女の恰好をしたがる男はみんなchippyだ・・って」彼女は、そう言って言葉を止めて僕を見た。
僕は彼女を見つめながら黙って次の言葉を待った。彼女が男と聞いて、僕が驚かないことにナオミは少し戸惑った。それでも一息ついてまた話し始めた。
「ほんとに苛めがひどくて、私、学校へ行かなくて家に閉じこもってるだけになったんです。そんな私に、母はオロオロするばかりだったけど、ある時言ったんです。ナオミ、ミートマーケットの叔父さんのダイナーへ働きに出てもらっていいかい?って。ナオミは私の本当の名前じゃないけど、そう呼ばないと私が返事しなかったから、母は私をナオミと呼んでいました。どうしても私の稼ぎだけじゃやってけないんだよって・・私、いや!って言ったんです。そしたら母が深夜のシフトでね、ウエイトレスとして使ってくれるっておじさんが言ってくれたんだよ、だからお願いだから働きに行っておくれって」
「それがジブリールダイナーだったんだ」
「そうなんです。あのダイナーのオーナーは本当の叔父じゃないです。父の朝鮮戦争時代の戦友だったんです。父が亡くなってからも色々と助けてくれてた人でした。しぶしぶ訪ねていくと、叔父が私を下から上まで舐めるように見て言ったんです。お前か、オンナの恰好で働きたいと言ってるジョーの倅は。ジョーがあの世で泣いてるぞ。まあいい、レーコのたっての頼みだからな。ウチでつかってやるって・・それで深夜帯だけどアソコで働くようになったんです」
「そうなんだ。君は気が利くし対応も良いから、すごくみんなに気に入られるよ。」
「そうしようと思ったんです。率先してみんなが嫌がることをやって、なるべく明るくいようって。そうすれば学校の時みたいにいじめられないって・・オーナーも他の従業員から聞く私の評判でとても気を良くしてました。・・でも」
「でも?」
いいなと思ったら応援しよう!
![勝鬨美樹](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/36347288/profile_28551ac02860f72347117b465cf9988e.jpg?width=600&crop=1:1,smart)