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星と風と海流の民#43/フーナFo'naとポンタンPontan

https://www.youtube.com/watch?v=_wQZeu7U8Is

朝食の時、コンシェルジェに頼んで一握りほど米を小袋に分けてもらった。不審がる嫁さんにそれを持たせた。
「お供物だよ」とだけ言った。「リュックに入れといてな」
Ramonさんのクルマに乘ったのは10時前ころ。今朝訪ねるウマタック湾Bay of Umatac湾は、島の南端近くにある町だ。クルマで小一時間くらい先だろうか。今日はRamon氏の息子さんが助手席にいた。日曜日のお休みを僕らのために使ってくれたそうだ。20代半ばだろうか、日本語は片言しか話せないそうだ。
「政府の仕事をしております」とRamon氏が紹介してくれた。
なぜ彼が同行したかというと「ぜひフーハ・ロックを訪ねたい」と僕がリクエストしたからだ。フーハ・ロックまでは、きつくはないが森の中を歩く林道になる。
Ramonは一瞬沈思して「では、ガイドはわたしの息子に託しましょう」と言った。
「チョモロの人々の歴史を見にいらしたご夫婦だというと、喜ぶかもしれないです」
彼はグアムで生れ、大学はハワイで出たという。逢ってみると、若々しい含羞のある青年だった。
「大学は何を専攻したの?」と嫁さんが聞いた。
「経済学です」青年はおとなし気に応えた。
「あ・それで政府の仕事に就いたのね」
「はい」
青年はしばらくの間、嫁さんの「なぜ・どうして?」話に付き合ってくれていた。
その間にRamon氏のクルマは太平洋戦争記念館T. Stell Newman Visitor Center(1657-B Old Army Road, Apra Harbor, 96915)の横から国道2号線に入った。道はアガットHågatの町を抜ける。
アガットは観光客が来ることのないグアムらしい町だ。チョモロらしい文化の町である。
少し先にマリーナ・グリルMarina Grill(Agat Marina, 2, Hågat, 96928)というレストランがある。
https://www.facebook.com/marinagrill.gu/
ここで早い昼食を済ませた。
クルマはそのまま国道2号線を南下した。途中セッティ湾展望台Cetti Bay Overlook(8MG8+6GH, 2, Humåtak)へ寄ってから5分くらい先だろうか、右へ入るクルマはとても入れない未舗装路に辿り着いた。グアム電力公社変電所が有るらしい。横の未舗装のパーキングに停めると「ここでお待ちしてます」Ramon氏は言った。
僕らはウォーキング・シューズに穿き替えて先導するRamon氏の息子の後に付いた。
嫁さんは不安そうにしていたが、それほどきつい道ではない。それでもジャングルの中を抜ける道で野趣そのものは有った。

「フーハ・ロックFouha Rock.のことをご存じだと聞いてびっくりしました」先導する青年が言った。
「フーナFo'naとポンタンPontanの地を訪ねたかったんだ」僕が言うと、青年が大きく頷いた。
「フーナとプンタン?」嫁さんが言った。
「世界を作った兄妹です」青年が言った。
「これから、そのフーナが化身した岩を見に行くんだ。グアムで最も神聖な場所だよ」僕が言った。
「すべてが始まる前にプンタンとフーナという兄妹神がいました」林道へ枝を伸ばすココナッツやバナナを払いながら、青年が言った。
「あら。イザナキノミコト・イザナミノミコトみたい」
「ん。日本人の源流が南からの人々なことを示す傍証だ。"是に天神諸の命以ちて、伊耶那岐命・伊耶那美命二柱の神にー是多陀用弊流国を修理固成なせと詔して、天の沼矛を賜ひて言依し賜ひき"だ。古事記が詠う」
僕はその話を青年にした。
「At this time, the Celestial Deities together gave a command to Izanaki no mikoto and Izanami no mikoto, declaring:“Consolidate, solidify, and complete this drifting land!”ただよえるくにをつくろいかためなせ、と日本の古い口伝書は詠っている」
「IzanakiとIzanamiですか?」
「ん。IZAのNAKIとNAMIだ。IZAという言葉は日本国へ伝わった原オーストロネシア語が源流かもしれないな。もしかすると"聖なる"とか"大いなる"という意味なのかもしれない。
isaはタガログ語だと『一つ』だ。インドネシア語ではsatuという。"始まり"ということだな。おそらく同じ語源だろう」
「いざ行かんの、"いざ"かしら?」と嫁さん。
「いいとこ突くね。"いざ"は伊然と書く。それもやっぱり古い日本語だよ」
「チョモロ人はマーガmagaと呼びます。男性リーダーmaga'låhiと女性リーダーmaga'hågaです。2つは対です。上下関係は有りません。敢えて言うなら女系家系なので、長老は女性の方が尊ばれますね」
「なるほど。オーストロネシア語族は女系家族が多いからね」
「はい。チョモロ人は族長maga'låhiに統率されますが、次世代はその息子ではなく、母方の兄弟から選ばれます。したがって氏族内では、先祖の母親に最も近い母系が最も尊敬される地位になるんです」
「総体として、星と風と海流の民はその傾向にあるな。母系の核家族形態が中心な社会が多いように思う」
林道はゆっくりと下り坂になって、海岸線が見えた。意外に近い。
青年は、立ち止まって海岸線を見ながら言った。
「"Consolidate, solidify, and complete this drifting land”ですか・・なるほど、その・・ただよえるくにをつくろいかためなせ、という詠は、大海原とその間にまるで天から育むように作られた島々を思わせる詠ですね。大海原を走っていると、雲一つない空に大きな雲の群れが見えてくると‥その下に島がある。それを連想させます」
「そうかもしれないね。実は、IZAのNAKIとNAMIの辿り着いたのはONOKORO-JIMA淤能碁呂嶋という島だ」
「やはり"島"なんですね。
プンタンとフーナの話は、老齢した兄プンタンから始まります。妹フーナは、兄の命令でプンタンを分断し世界を作りました。兄の背中で大地を作り、背中で天空を作りました。彼の目は太陽と月になりました。眉は虹になったといわれます」
「すごい幻想的なお話ね」嫁さんが言った。
「今でもグアムは、このお話から土地の名前をつけています。
空港のあるティヤンTiyanはチョモロ語の"胃"です。バリガタ近郊にあるモンモンMonmon/トトToto/という村ですが、トトは「寝そべる」という意味でして"背骨"のことです。モンモンは"心臓"という意味です。
地はこのバリガタは、スペイン人たちが付けた名前ですが、最初はジャラグアックという名前でした。これは"脇腹"という意味です。そして、グアムの首都であるハガニアHagåtñaは「血」という意味のHagaが語源です」
「すべてはプンタンとフーナから始まるのね」
「はい。フーナは世界の全てを創り終えました。しかし彼女は兄を失い悲しくて孤独でした。彼女の涙が地球を広大な海にしたといいます」
「海は彼女の涙だったの!」
「彼女は、もうこれ以上一人ではいられない・・と思ったんです。そして自らを石柱に変えました。その石柱から人々は誕生しました。そして増えたんです。すべての人は、母であるフーナの願いなんです。そして自らは世界の守護神となるべく石柱として残りました。それがフーハ・ロックです」
「これから行くところだよ」
「・・そう。だからお米を持ってきたのね」嫁さんが納得した。


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勝鬨美樹
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました