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石油の話#18/その長い手足をヒトらはコントロールできるのか
19世紀における人類最大の成果の一つは、内燃機関の確立です。人類は長い歴史の中で、自らの手足の代わりとなる道具を数多く生み出してきました。その集大成ともいえる発明が、18世紀に誕生した蒸気機関でした。「鉄と蒸気」を駆使することで、人類の生産力や移動能力は飛躍的に向上し、新たな時代が幕を開けました。
蒸気機関とは、石炭を燃やして水を沸騰させ、発生した蒸気の力を利用して動力を生み出す仕組みです。これにより人々は従来の限界を超えた力を手に入れ、産業革命を加速させたのです。そして、この技術をさらに進化させたのが内燃機関でした。
蒸気機関が石炭を主な燃料としていたのに対し、内燃機関は石油を動力源としました。かつては地中から湧き出し、畑や水源を汚すだけの「黒い毒物」とされていた石油が、突然産業の中心へと躍り出たのです。その発展が新大陸、すなわちアメリカで確立し成長したことには、歴史的にも象徴的な意味を感じさせます。
この技術革新は単なる発明にとどまらず、人類社会の構造そのものを根本から変えるほどの影響を人類世界に与えました。産業、経済、社会、そして国際政治に至るまで、内燃機関の確立はあらゆる分野に多大な変化をもたらしたのです。
さらに、内燃機関の発展に伴い関連技術の革新が続くと、石油の需要は爆発的に増加し、従来の石炭を中心としたエネルギー体系は大きな転換期を迎えました。世界はこれまでにない速度で変革し、新たなエネルギー経済の基盤が築かれていきました。そして、それは現代社会においても、なお重要なテーマであり続けているのです。
その「内燃機関による人類革命」を支えた石油市場が産業として大きく発展したのが19世紀末から20世紀の初頭でした。取扱業者は熾烈な競争に包まれていました。
主要なプレイヤーは、ノーベル兄弟のBranobel、シェル石油、そしてロックフェラー率いるスタンダード・オイルの三者でした。
19世紀後半、ロシア帝国領バクーにおいて世界有数の油田を開発したことで、ノーベル兄弟のBranobelは世界最大の石油会社へと成長しています。たしかに当初、バクー油田は当時の世界の石油生産量のかなりの割合を占め、Branobelの影響力は絶大でした。
しかし、そこにレーニンの魔手が牙を伸ばします。
1920年4月28日、ロシア赤軍がアゼルバイジャンへ侵攻し、Branobelの設備はすべて接収・国有化にしたのです。致し方なくノーベル兄弟はBranobelの株の半分をロックフェラーに売却し、石油ビジネスから撤退しています。かつて世界最大の企業であったBranobelは、こうして歴史の舞台から姿を消えました。
しかしそれにしても・・ロックフェラーの引っかけた爪は、現代のウクライナに至るまで脈々と生きているのです。驚くばかりです。
一方、ロスチャイルドのBNITOは、ロックフェラーの「えげつないカウボーイ・ビジネス」に巻き込まれることを避けるため、すぐにイギリスの貿易商マーカス・サミュエルと独占販売契約を結びました。サミュエルはアジア市場に目を向け、1897年に「シェル運輸貿易会社(Shell Transport and Trading Company)」を設立しました。 彼らはオランダ領東インド(現在のインドネシア)の原油をパンカラン・ブランダンの製油所で精製し、1892年から東南アジア向けに輸出を開始しました。(この石油を狙って、日本軍の南進論者たちは動き出します)
シェルは石油の流通を効率化するため、石油のためにタンカー船を開発し、従来の樽詰め輸送に比べて格段に輸送コストを抑える技術を開発しました。この新しい輸送方法の導入で、シェルはアジア市場で急速に勢力を拡大していきます。
同時期、オランダ領東インド(現在のインドネシア)では「ロイヤル・ダッチ・ペトロリアム(Royal Dutch Petroleum)」が誕生しています。彼らは1892年から東南アジア市場へ石油を輸出し、瞬く間に市場の半分以上を掌握するまでに成長しています。
実は、この地域の原油はバクー油田並みに品質が高く、効率的な精製が可能であり、ロイヤル・ダッチは競争力を持つようになりました。
ロイヤル・ダッチの急成長に危機感を抱いたシェルとイギリスは、石油価格競争による対立を回避するため、「英蘭協定(British-Dutch Agreement)」を締結しました。そして1907年、ロイヤル・ダッチとシェルが統合し、「ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell)」が誕生。当時の持株比率はシェル60%、ロイヤル・ダッチ40%とされ、イギリスの影響が色濃く残る形となっていきました。この統合により、ロイヤル・ダッチ・シェルは世界的な石油供給網を確立し、スタンダード・オイルに対抗できる巨大企業へと成長しています。
こうやって一歩引いて世界を見つめてみると・・20世紀に入って必然性から勃発した、台頭する新勢力/枢機卿側と、旧支配者/連合軍側の熾烈な全面戦争に、アメリカがなぜ新勢力側として参加しなかったのか・・アメリカが、枢機卿側でもなく旧支配者でもない、第三勢力として発展した過程。それが石油ビジネスより自ずから見えてくるように思えてなりません。19世紀になって唐突に生まれた「石油ビジネス」が如何ほど絶大なパワーを持っていたか・・慄然とします。
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