星と風と海流の民#12/満潮のナンマドール02
「ポナペには魔術師オロサパとオロサファが来る前から人は住んでいた。人がこの島にやってきたのは3000年ほど前だと云われている」トシさんが言った。
「ん。華夏族Huáxiàzúの時代だな。中原で強大になった夏・殷(商)・周は周辺に勢力を伸ばし、多くの民族が支配されるか追い出されたんだ。百越は華夏族に圧し潰された。そのときに隼人の民は海へ逃れたんだろうな」
「ん。そのあたりの話はお前の趣味範囲だな」
「はは。百越は長江以南の多くの民族集団を指す言葉だ。彼らは東の海へ逃れ、台湾へフィリピンへ移った。南に逃れた民は南越の人となったが、ここも華夏族に襲われた。そしてさらに南のマレーシア半島へ逃れた。メラネシア人/西ポリネシア人の祖型になるラピュタ人は彼らが始祖だ」
「ほー。ミクロネシア人とメラネシア/ポリネシア人は民族が違うのか?」
「ん。おなじオーストロネシア語族だがな。文化も出自も違う。ミクロネシア人は、典型的な海の民で隼人の文化だったが、マレーシア半島から海へ入った人々は、もっと中央集権的で厳格な統治体制を作る民だった」
「なるほどな」
と。話していると岸からボートがやって来た。
「集金人だよ。見学料の調達だ」トシさんが言った。
ボートが接舷すると、トシさんが乗っていた男と話して、幾ばくかの金を渡した。男は手を振りながら去った。
「大したもんだよ。やってくる観光客は、そんなにいないんだがな。朝になると奴らは虎視眈々とそれを見張るんだ」トシさんは笑いながら言った。
ソデルール王朝は、まさに中央集権的で厳格な統治体制だった。王は立農体制を確保するために、島の人々を使った。そして併せて酋長を中心にした支配体制を作った。彼らは宗教体系も経済構造もすべて自分たちのものにして、島内を完全統一したのである。その支配は600年以上続いた。なぜそんなに長期政権が維持だきたのか?ポナペは南太平洋に広がる人々の交易ネットワークのハブだったからだ。いまでもその体制は変わらない。ミクロネシア連邦の首都パリキールはポナペにある。
潮が引き始めると、トシさんは「降りるぜ」と促した。そして少しぬかるみの中をあるいた。
「ここがペイカプーPeikapwだ。ここに神殿が有った」
マングローブの中に沈む石層の遺跡だった。
「ペイカプーがナンマドールの精神的頂点だ。戦いの招魂はここで行われた。少し行くと四つの池がある。儀式ではその四つのから集められた聖水を使っていた」
僕らはマングローブを避けて歩いた。
「この島にはイソケレケルIsokelekelの遺体があるといわれている」
「イソケレケル?」
「ソデルール王朝を滅ぼした男だ。再びこのナンマドールを作った魔王(魔術師)たちが蘇らないように、彼らを封印しているんだ」
「なるほどなぁ。それほどオロサパとオロサファは強大だったんだろうな」
少し歩くと、大きな四角い池らしき形が見えた。
「ダロンDarongという島だ。真ん中の池はレーンケイLehnkeiと呼ばれていた。浅利の養殖をしていた。地下にトンネルが穿ってありナカプ湾に繋がっているそうだ。そしてナン・ドワNan Dowasとサウデルールsaudeleur、ナーンムワルキahnmwarki。王と神官たちの墓場だ。それとナーニソンサプウNahnisohnsapwというのがある。これはカタコンベだそうだ。俺は見ていない」
「農家は?民は?」
「ん~ナンマドールの中に農地はない。外周部にあったんだろうな。タムエンTemwenあたりに有ったのかもしれない」
「残っているのか?」
「いや、わからん。気にしてみたことはない。痕跡はあるかもしれないな」
「見に行けるか?」
「ん。見には行けるが、すべて私有地だ。立ち入るとお金を要求される。しかし所有者に訪ねたとしても、分からん、というだけだろうな」