北京逍遥#03/貧困のない世界を創る
一週間ほどで、北京にはえらい馴染んだ。街も人も、食事も全く抵抗なくすんなりと馴染んだ。滞在中は中夕食とも独りですることはなく、必ず誰かと一緒だった。夜は接待ということで飲むことが多かったが、ほとんど白酒が中心で、そうでないときはフレンチなワインだった。実は、僕はあまり本土の中華料理は好まない。自分から選ぶことはない。唯一例外は香港で、made in HongKongは許容範囲なのだが、北京は驚くほど馴染んだ。なるほど、と思ったのは・・要するに上海系がダメ、ということらしい。そう思いつくと、我がシンガポールの潮州料理もベトナムもマラヤのものも、原則お付き合い以上にならないのは、使用するスパイス類がダメ・・ということなのかもしれない。
北京料理にはそれがない。何回か連れて行ってもらった北満の店も「どこか行きたいレストランがあるか?」と聞かれると、そこの店の名前を出すほど気に入った。滞在中に、山東半島から西安/大連まで足を延ばしたことが有ったが、そのときも同じような印象を得た。
北京は良い。好きだ。
人も好い。まるで日本人のような気配りを普通にする。この人への優しさは、上海でも香港でも・・ましてやシンガポールでも出会うことがない。僕はスタバマニアなので、世界中のスタバを歩いているけど、それ一つをとってもスタッフの質は北京が一番だ。実は、フレンドシップホテルの側、大通りを挟んだ向こうのビルにスタバが有った。ここには、ほぼ毎日通ったね。
聴講生が「プライベートにお話を伺いたい」と申し入れてくれたときは、ホテルではなく大抵そのスタバを利用したが、スタッフは長居をしても嫌な顔は一切しなかった。
僕の聴講生は・・総じて質が高かった。僕が日本語でしゃべると、通訳が同時にマンダリンで話す。ボードは英語で書くが、これは全員難なく理解した。そのときに学ぼうとする若者の質が・・・まったく日本なんぞと比べ物にならないほど高いことを痛感した。
僕の話のテーマはマイクロファイナンスである。それも総論ではなく、それを可能にするための金融的技術論である。数式と実データが飛び交う。理系の院生なみの理解力がないととても付いてこられない。
当初、その話をもらったとき、まあ・夏休みの休暇旅行だと思って行くか・・と請けたんだが、とんでもない。そんなお気楽な算段は一日で砕け散った。聴講生の質問は鋭く的を衝くものばかりだったのだ。こいつは日本語でやるから通訳つけてくれ、と言って大正解だなと思った。
事前にムハマド・ユヌスの書を読んでおくようにと指示しておいたのだが、最初の授業のときに指定した本が全聴講生の手元にあったところから、こいつは真剣勝負になるな・・と思った北京滞在だった。
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました