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星と風と海流の民#53/スンダランドとイヴの子供たち#03

「ところで。ヒトの妊娠期間は?240日だよね」
僕が言うと、若い二人は小さく頷いた。
「乳児の大きさは約40~45cm、体重は約1,500~2,000g程度で生まれてくる。考えてもご覧。あまりにも脆弱だ。こんな脆弱に子を産む哺乳類は稀有だ。超未熟児だと言ってもいいい。もし父母が手厚く守らなければ、おそらく24時間で死んでしまうような形で産まれてくる。どうしてだろう??」
二人は何も言わずに僕を見つめた。
「それは頭蓋骨なんだ。ヒトの脳は異様に大きい。ヒトは"脳が大きくなる"という進化のループに巻き込まれているんだ。そのため、ある程度過ぎると母の骨盤を通過できなくなる。死産するんだ。骨盤を通れない胎児は死に母も死ぬ・・最初に石器を使ったホモ・ハビリスも、火の利用や長距離移動を行ったホモ・エレクトスも、ホモ・ネアンデルターレンシスも、ネアンデルタールと僕らの共通そせんだったホモ・ハイデルベルゲンシスも、今はいない。すべて、その頭蓋骨が大きくなるという進化のループに巻き込まれいて、妊娠すると死んでしまう。
これが現生人類以外のすべての人類が絶滅した理由だろうと云われている。
ところが現生人類は生き残った。それは"超未熟児"で子を産むようになったからだ。
実はね・・おそらくヒトにとって最も適正な受胎期間は18か月ではないかと言われている。
それを10か月で産んでしまう。母を骨盤を通過するためだ。なので最初の10か月を"体内胎児期"そして最後の8か月を"体外胎児期"と呼ぶ人々もいる」
「たしかに赤ちゃんは生後8か月くらいから急速に活動的になりますね」Suan君が言った。
RUAの先生は微笑みながら僕を見ている。彼とは何回かこの話をしたことがある。

「ん。その最後の8か月"体外胎児期"の存在が、ヒトの生活様式・ヒトの精神構造の全てを生み出しているんだ。ヒトは、この"体外胎児期"を守るために集団で活動し、社会を作り、男女間の愛というものを紡ぎあげた。ヒトが異性を強く希求するのは、性欲のためではない。この"体外胎児期"を保持するためなんだ。男女間に愛という絆なくして、このハードルは越えられなかったに違いない。僕はそう思うよ。愛は、ヒトが生存するための最大最強な絆だったに違いない。」
「・・びっくりです。そんな風に愛について考えたことはありませんでした」とSuanくん。
「この体外胎児期の存在が、ヒトの精神構造を構築する大きなファクターになっているんだろうな。自分を越えたカミの存在。三つ並んだ三角の黒い影に意思を感じてしまうこと。大いなる存在。従うべき心・・こうしたものは他者に頼ることでしか生存できないことから育まれてきたに違いない。ヒトの心のあり方は、体外胎児期の存在がもたらしたモノなんだ」
「なるほど・・」Moauくん。
「超未熟児として子を産むという方法を得たとき・・7万年前だ。イブらは自分と子を守るためにオスを蠱惑した」
「蠱惑・・ですか?」と二人が言った。
「ん。"蠱"は最も強力な呪術だ。
今でも女性たちは"蠱"を駆使する。
その"蠱"という最も強力な呪術に引っ張られながら、イブの子供たちは、LGM期には存在した広大な平野や川、湿地を抜けてアジアへ2~3万年かけて拡散したんだ」

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勝鬨美樹
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました