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星と風と海流の民#02/アガナ空港
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グアム海軍航空基地Naval Base Guamからアンダーセン空軍基地Andersen Air Force Baseへの移動は、資材を運ぶ軍用トラックに乗った。西岸を抜ける軍用道路で一時間余りの距離だが、トラックは一度アガナ空港Agana Airportへ立ち寄った。資材の一部を此処でおろすらしい。僕は荷台を降りて荷下ろしの手伝いをした。
そのとき、爆音に惹かれて空を見つめると民間旅客機の姿が見えた。DC-3だった。
「民間機だ」僕が思わず言うと、荷物を下ろしていた米兵が言った。
「民間空港だからな。今はここが南太平洋の島々を平和でつなぐ繋ぐハブになっている」
彼はチョモロ系だろうか、フィリピン系だろうか、壮年の浅黒い男だった。
「そうか・・民間機の空港か」
「たてまえはな。相変わらず俺たちも使ってるがな」
「DC-3だ」僕が言うと、米兵がおや!という顔をした。
「CASI(Continental Air Services)の機体だよ。いまはPanAm(Pan American World Airways)がコントロールしている。CIAが太平洋にバラまいた平和の使者さ」米兵はシニカルに笑った。
CASIの飛行機には何度も乘った。CASIは当初からSTOL(短距離離着陸機)中心に機体を保有しており、ベトナムでは兵站の移動を任されていたからだ。所謂ベトナム・サービスワーカーVietnam Service Workersたちの移動はCASIの仕事の一部だった。しかしグアムからCASIの飛行機に乗ったことはなかった。僕は黙ってアガナ空港へ降りていくDC-3を見つめた。
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後にアントニオ・B・ウォン・パット国際空港(グアム国際空港)と名前を替えるが、アガナ空港Agana Airportは第二次世界大戦中にアメリカ軍が建造した空港だった。
グアムを占領した日本軍はオロテ半島Orote Peninsulaに拠点を置いた。これが戦後、そのままグアム海軍航空基地になった。もうひとつ、北に日本軍が建造したリティディアン飛行場Ritidian Airfieldは空爆によって機能不全となり、戦後は廃墟になってしまった。その近くにアンダーセン空軍基地Andersen Air Force Baseが建造されたのは1944年9月である。リティディアン飛行場跡は今、国立野生動物保護区に指定されている。
アガナ空港Agana Airportも同時期に軍用として建造された飛行場だ。当初はアガナ海軍航空基地Agana Naval Air Stationとして、オロテ半島にあった日本軍基地を平定した後に米海軍が建造した基地である。
オロテ半島Orote Peninsulaのグアム海軍航空基地Naval Base Guamが整備されると、アガナ海軍航空基地Agana Naval Air Stationは次第に民間航空会社の乗り入れを認めるようになり、民間用に姿を替えるようになるがベトナム戦争時代には、まだ海軍空軍基地としての色合いをはっきりと残していた。
物資を下ろすと軍用トラックがアガナ空港を出た。僕が荷台へ乗ろうとすると、米兵が「助手席へ来い」言った。僕は礼を言って彼の隣へ座った。彼は僕にラッキーストトライクを出した。
「お前、日本人か?」彼が言った。
「ん」
「なぜベトナムへ行った?」
僕は右手で親指と人差し指をすり合わせてみせた。
「これさ」
「金か?」
「ん」
大学へ通うための資金とは言わなかったが、彼はそれを敏感に察したようだ。
「学生か?」
「ああ」
彼はそのまま暫らく黙った。
「Captain Orvis Marcus Nelsonって知ってるか?」
「いや、知らない」
「アメリカ陸軍航空隊にいた男だ。戦後すぐに彼は仲間の退役軍人を集めてONAT(Orvis Nelson Air Transport)という会社を起した。CASIがラオスやベトナム狙いで立ち上がるまで、アガナ空港は彼らが民間と言う名前で利用していたんだ。奴のグラマンSA-16アルバトロスがいつも駐機してたよ」
「水陸両用機?」
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「ああ。ONATはTrust Territory Air Serviceになった。そのうちMicronesian Airwaysが飛ぶようになってな。PanAm、コンチネンタル航空がこのアガナ空港のお客様だ。そういや今は日本の会社も来ている」
「JAL?」
「ああ、そんな名前だ。DC-8だ」
その時、僕はJALがグアムにまで来ていることを知らなかった。後で調べてみたら1970年からだそうだ。僕が初めてベトナムへ行った時より前に、グアムにはJALは入っていたのだ。
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