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星と風と海流の民#42/デデドの朝市
デデドDededoにあるフリーマーケットDededo Flea Market(144 West Santa Monica Avenue, Dededo, 96929。2016年からこちらへ移転)に到着したのは朝10時を過ぎたところだった。
Ramon氏は路上駐車した。
「そろそろ終わりの時間なので混雑は終わっております。しかし路上駐車は物騒なので、私はクルマで待機しております。お二人でマーケットをお楽しみください。ぜひ食事とかもお楽しみください。私は此処で待機しております」Ramon氏が言った。
僕らはクルマを出てマーケットの中へ入った。
手作りの身装品。地元のココナツ類を商う店が並んでいた。
すぐにタホの店があった。店主の言葉はタガログ風の英語だった。タホはあたたかい絹ごし豆腐に、タピオカのような食感の「サゴ」と黒蜜の3つを混ぜて出る。
「フィリピンの菓子だよ。グアムはフィリピン人が多いからな。アロスカルドもある」
アロスカルドはチキンベースのおかゆで、ニンニクとショウガが際立っている。
「ビーフが入ってるのがあるわ」と嫁さん。
「ゴトだな。ルーガウというのものある。牛肉や豚肉入りのスープで炊くんだが、パクチーやナンプラーが特徴だ。パクチーはワンソイWansoyという」
「乗ってるのは・・揚げニンニク?」
「一緒に並んでる焼きそばはパンシットという」
少し歩くとフィリピン風ラーメン「マミー」や「バッチョイ」も並んでいた。
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「やっぱりグアム料理というよりフィリピン料理なのね」
「グアムはフィリピン人が多い。全人口の1/4だといわれている。チョモロ人は全人口の1/3だといわれてるから、二つ合わせて14万人程度になる。米人を合わせても20万弱だから、いかに多いかがわかるな」
「チョモロ料理ってあるのかしら?」
「BBQだな。チキンやビーフが定番だ。
チョモロBBQは外をカリカリ。中をジューシーに仕上げるのが特徴だ。それと、アチョテという種で赤く染めたご飯をつける。
肉を使わないセビーチェっぽいのもある。こっちは、ライムジュースでマリネし、刻んだココナッツ、タマネギ、唐辛子などを加えて作られる」
「串に刺して売るのね」
「ん」
ぐるっと回ると、ユーズドの衣服が重なるように置かれている店が有った。総じて古着屋が多い。
観光客が買うといえば、ちょっとした土産類のようなものばかりだが・・。たしかにタモンあたりの土産屋に比べて激安だけど、これを買うだけのための観光客は、わざわざここまでは来ないだろうな・・という印象だった。
「あなたが来た頃にも、ここはあったの?」
「ん~あったんだろうな。来たことはないな。一度だけ何かの理由でデデドの町へきたことがあるんだが・・地元で雇用されてる軍関係者とだったな・・そのときに市場は見た。でも此処じゃなかった夜もっと町の南の方だったように記憶してる」
「場所が替わったのかしら?」
「そうかもしれないな」
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帰りのクルマの中でRamon氏に聞いた。
「はい。10年ほど前に・・1990年ごろですね、いまのところへ移転しました。昔はもっと雑然としてましたね。お客様が見たのはそこかもしれません。いまのハーモンループHarmon Loopよりもっと村の中心部でしたね。もっともっと南の方でした。お客様がいらしたのは?いつごろなんですか?}
「1970年から75年くらいです。軍籍でした」
「おお!一番グアムが豊かだった時ですね。私ら夫婦がオガンロポから越してきた頃です」
「オガンロポ?以前。仕事で伺ったことがございます」
「おお!それはそれは。オガンロポをご存じな客さまにお会いしたのははじめてです」
「伺ったのは、ピナツボ大噴火の直後でした」
それを言うとRamon氏は黙った。
「1991年です。沢山の人が亡くなりました」Ramon氏は小さくそう言っただけだった。しばらく沈黙した後、Ramon氏が話し始めた。
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「あの戦争の特需でフィリピンもグアムも豊かになったんです。私ら夫婦も仕事を求めてこちらへ渡ったんですが、戦争中は仕事は困らなかったですね。それでもしばらく建築の仕事をしてたんですが、戦争が終わると失業者だらけになったんですよ。チョモロ人は米軍が保護してましたから良かったんですが、フィリピン人は本当にしわ寄せを受けました。幸い、私たち夫婦は早々に帰化してまして、ひどく困窮することはなかったんですが、仕事には見事にあぶれました。それで運送系に鞍替えしたんです。80年半ばくらいですね。そのころから、軍需以外の糧を求めるようになりまして、観光業が急速に伸びたんです。おかげでタクシー業を20年来続けています」Ramon氏が明るく笑った。
クルマはそのまま一度、ホテルへ戻った。
「明日もご案内しますか?」
「はい。明日はチョモロの村を訪ねるジャングルツアーに参加したいと考えてます。送迎をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ではどうされますか?何時ごろに?」
「お昼過ぎで」
「了解しました」Ramon氏は、日本式に深々とお辞儀して去った。
「穏やかな方だけど、きっと苦労されたのね。ピナツボって?Ramonさん、言葉がつまっだしょ」嫁さんが言った。
「ルソン島西側にある火山だ。1991年6月に大爆発した。20世紀最大の火山爆発だ。山の傍のジャングルでアエタ族が数千人住んでいた。彼らの村は全滅した。200万人の人が家を失った大災害だよ。マニラからオガンロポへ行くにその災害跡をクルマで走ったが、家と糧を得る手段を失った人たちが、道路の脇に延々と戸板のようなものを立てて、クルマから施しものを投げてもらう生活をしてたよ。僕は思わず手にしていたスナックを窓を開けて、クルマの外へ投げようとしたら、ドライバーに怒鳴られたよ」
「どうして?」
「その菓子で殺し合いが始まるって・・軽い気持ちで施しするなって」
そういうと嫁さんは黙ってしまった。
「・・お昼ご飯の前に聞きたい話じゃないわね」
「まったくだ」
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