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黒海の記憶#48/ルーシ人とルウイ族の、時間を超えた近似性#01

ビザンツ人を悩ませ深く記憶に残ったハザール人とその王国は、新しい千年紀に入るとともに消え去った。代わってさらに北に在ったルーシの民Rus'/Rutheniaが黒海の北海岸を覆った。ビザンツ人は彼らを「ロソイRhosoi」と呼んだ。これが後代 「ローシアRhosia」となる。・・勇猛な人々である。しかし彼らも交易の民だ。ビザンツ人は彼らからも牛や馬あるいは羊を買った。遥か北方から来る彼らの商品は仲介者が間になかったため、ハザール人から贖うより安価だったからだ。ルーシ人も基本的には友好関係を維持しようとする人々だったが、力をつけて優劣が入れ替われば、いとも簡単に侵略に反転する民だった。

ビザンツ人にその事実を深く知らしめたのはAD860のことである。ルーシ人は2000隻の軍艦に車輪を付け水陸両用として黒海南西海岸イェニキョイ周辺から上陸し、コンスタンティノープルへ西側草原から侵略を試みたのだ。この戦いは、ゴート人との攻略に匹敵するほど深い傷をビザンツ人にもたらした。それが強い記憶となって残った。このときに結ばれた第一回ルーシ・ビザンツ条約が「ロソイRhosoi」という名称の初出(「ロシア原初年代記」國本哲男)である。

ルーシ人は、ハザール王国を滅ぼした威勢に乗って黒海北岸と南岸双方へ精力的な侵略を行った。2回目の千年紀の最初のハイライトがこれだ。

さて、このルーシ人が使用した軍船だが・・同時期にブリテン島を制覇したヴァイキングが使用したものに近似していた。
この類似はルーシ人の出自を考えるとき、きわめて重要なキーワードだと僕は思う。彼らは東方から渡ってきた遊牧半農民族ではなく、より古い時期にエウロパに拡散したケルトの人々が始原だったのではないか? 僕はそう思ってしまう。
ルーシの出自を想うと、いつも頭によぎるのはエウロパの地を縦断する大河に乗ってアドリア海/ティレニア海へ入り地中海を荒らしまわったルウイ族Luwinan/海の民のことである。

長い余談になるが・・「ルウイ族Luwinan/海の民」に触れたい。
ミケーネ文明を破壊し尽くし、そしてヒッタイトを滅ぼした「荒ぶる」人々である。

「ルウイ族Luwinan/海の民」は地中海東海岸までも荒らし回り、最後はエジプト王国へも侵略した。
彼らを侵攻を押し返したのは、エジプト王国だけだった。他の国は全て蹂躙し尽された。彼らによって滅ぼされた民は、彼らについての記録を持たない。だからここで話すのは全てエジプト人による記憶だ。

「ルウイ族Luwinan/海の民」は、拠点となる"地"を持たない連中だったとエジプト人は言う。船で生活し、略奪だけを糧としていた。彼らが何者だか、実は殆んど判っていない。定住地も持たず、何を神としていたかも不明だ。
それでも何処か彼らの侵略がはじまったかは、凡そ判っている。ギリシャ半島の西側・アドリア海の奥からだった。その侵略は先ずバルカン半島西部から始まっている。突然船団を組んで襲い掛かり、上陸すると街を燃やし、無差別な殺戮と略奪をするというやり方だった。町を陥落させても、土地を奪って我が物とはしなかった。突然、竜巻のようにやって来て何もかも破壊し、略奪する。それが出来ない時は、雲散して居なくなってしまう。そして忘れたころにまた徒党を組んで攻めてくる。それを繰り返す。土地を持ち、町を作り、集約的に産業を組み上げている人々にとって、まったく殲滅戦を仕掛けることが出来ない厄災そのものな奴等だったわけである。
クレタ人から文化と文明を継承し、ミケーネ人が生み出そうとしていた原ギリシャ文明は、彼らによって一気に暗黒時代へ叩き落され、修復不能な200年近い時を過ごしている。

スイス・チューリッヒの研究家/エーベルハルト・ツァンガーによると、彼らはルウィ語を使用していたと云う。ルウィ語はアナトリア祖語のひとつだが、その実態はあまり良く判っていない。特有の象形文字も持っており、ヒッタイトやギリシャの一部に彼らの文字群を残滓として見るとのことだ。このルウィ人の始祖を探し求め始めると、アドリア海どころか、もっと奥のイオニア海までが対象になってしまう。果たしてイタリア半島の東西の根元に誰が住んでいたか?なぜそれほどの航海術を持っていたのか? 不思議なことだらけだ。
そのこともあって僕は、アルプスを挟んだ向こう側。欧州大陸へ川筋を通って深く入り込み始めていたケルト人たちを、ルウィ人に繋げる誘惑に駆られてしまう。彼らに北海を越えて、森深い欧州大陸に入り込んでいったバイキングたちの血が混ざっていたのではないか?・・もちろん、証拠は何もない。だけどその誘惑に駆られてしまう。
唐突に地中海に現れて、ヒッタイト/ミケーネ/ギリシャ/地中海東岸の年を滅ぼしてしまった勇猛で凶悪な「海の民」に、僕は北欧のバイキングの血の匂いを感じてしまうのだ。・・ルーシ人に近い「血」だ。


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました