小説特殊慰安施設協会#45/クリスマス
R.A.A.のダンサー寮だった宮川は、築地警察のすぐ裏手にある。三吉橋を渡れば小美世の家までは3分もかからない。
千鶴子は、ダンサー寮に越した直後は、マメに小美世の所に寄っていた。しかし松坂屋の地下に「キャバレー・オアシス」がオープンした頃から、次第に行かなくなっていた。
心が折れそうになる。そう思ったからだ。
ダンサー寮での生活は、針の筵になっていた。それでも昼間の仕事が、千鶴子の心のよりどころになっていたのだが・・それも林譲の出社が疎らになってくると、事態は一変した。翻訳とタイピングの仕事はある。しかし仕事の内容は、慰安部がGHQに提出する再開依頼書と、娼妓たちの性病検査報告書ばかりになっていた。そんな千鶴子に時折、高松が寄ってきて言った。
「悪いな。汚い仕事ばかりで。まあでも仕事があるだけ良いと思えや。」
千鶴子は黙ってタイプを続けた。そんな千鶴子をしばらく見つめてから、高松は「ふん!」と鼻を鳴らして去る。そんな毎日だった。
R.A.A.内のパワーバランスは少しずつ変わりつつある。社員たちは敏感にそれを感じていた。キャバレー部の人間も次第に千鶴子に近づかなくなっていた。もし・・いま。美千代の家に寄ったら・・心が折れる。千鶴子はそう思って耐えていた。
そして千鶴子にも、敗戦後初めてのクリスマスが来た。
その夜、松坂屋地下「OASIS OF GINZA」は大盛況だった。店内はごっがえしていた。
千鶴子の相手は、ワッツ中尉だった。
しかし、そのワッツ中尉が何時になく元気がなかった。
『どうしたの?アンディ。何かあったの?』珍しく千鶴子から声をかけた。
『いやさ。クリスマスまでには帰れると思っていたんだよ。マックもそう言ってたしな。俺の上司のアイケルバーカー中将も、年内には俺たちを連れてワシントンに戻ると言ってたんだ。それが無期延期になっちまってる。』 『どうして?』
『ソビエトさ。動きが怪しい。』
『・・そう。』
しばらく踊った後、ワッツ中尉がボソリと言った。
『帰れると決まったら・・マンディ』ワッツ中尉は、千鶴子をマンディと呼んでいた。『マンディ。俺は君に結婚を申し込むつもりだったんだ。君を連れて、アメリカに帰りたい。』
千鶴子は、一瞬固まった。しかしすぐに笑って応えた。
『そんなジョークを言うのは、女の人に失礼よ。』千鶴子の笑いは強張っていた。
『ジョークじゃないよ。マンディ。俺は本気さ。アメリカに帰る日が来れば、俺は君に結婚を申し込む。愛しているんだ。解かっているだろ?』
『ええ。解かっているわ、アンディ。そして・・二人の間に大きな太平洋が有ることも・・現地の女性を連れて帰ることを禁止する法律がアメリカにあることも・・ね。』
2人は黙ってしまった。そして黙ったまま踊り続けた。
その夜。二人はベッドを共にした。