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ボギーのトレンチコートの話をしよう#02

ボギーのトレンチコートの話をしよう。
彼のせいで、世の私立探偵は全員トレンチコートを着ているわけだけど、ンじゃ、マーロウさん、どうなんですか?というと、たしかに映画の中に出てくる彼は(ハンフリー・ボガードだけど)ちゃんと着ています。僕が好きな大男のマーロウ(ロバート・ミッチャム)も着てた。なんで着てたかと云うと・・(三平みたい)
原作『大いなる眠り』の中に以下のようなセリフがあるからなんです。
「私はからだをもんでトレンチ・コートを着ると、一番近いドラッグ・ストアへ突進しウィスキーの二合びんを買い、車で帰って、あたたかくいい気持ちになるまで飲んだ。」(二合びんと訳したのは双葉十三郎です)
これじゃ、ボギーも着ないわけにゃいかない。で、もう一ヶ所ある。
「私はソファーのところへゆき、トレンチ・コートをぬぎ、カーメンの着物を調べた。」
これは大金持ちの娘が裸のままクリスで倒れているシーン。マーロウは着ていたトレンチ・コートを脱いで包む。カッコいいシーンだ。
というわけで、ハンフリー・ボガードはトレンチ・コートを着ているのです。

ところで。ここで大いなる眠りじゃなくて、大いなるギモンがムクムクと盛り上がる。
なぜ、フィリップ・マーロウはトレンチ・コートを着ているのか?ということだ。
レイモンド・チャンドラーがこの小説を書いたのは1939年。彼は三ヶ月でコレを書いた。
1939年と云えば禁酒法廃止直後。まだ大恐慌が傷深く残っていた時代だ。
この時代、トレンチコートは英国製だった。バーバリーかアクアスキュータムだ。もちろん類似品は有ったろうけど、いずれにしても高価な衣類だったのだ。それをなぜチャンドラーはフィリップ・マーロウにわざわざ着させたのか?
それにトレンチ・コートは特殊な軍用衣料だったので、当時ほとんど知られてなかった。
トレンチ(塹壕)コートだからね。

トレンチ・コートは、戦場で兵士たちが使用する防水加工の外套である。英国陸軍が、バーバリーとアクアスキュータムに開発製造を依頼し、両社の共同研究で生まれてきたものだ。生地にはギャバジン(防水加工した綿生地)乃至ウール(高密度の)を用いる。これらの糸は水分を含むと、膨張して、より緊密になる。つまりある程度湿るとそれ以上は水を跳ね返すようになるのだ。この生地を使用して作られたトレンチコートは、第一次世界大戦の欧州大戦で大活躍をした。
しかしいうまでもなくアメリカは第一次世界大戦には正式参加していない。つまり欧州で大活躍したトレンチ・コートがアメリカで一般的になる要素はなかった。
・・にも関わらず、レイモンド・チャンドラーは軍用コート/トレンチ・コートの名前を出したわけである。

英国育ちで、英米両方のパスポートを所持していたレイモンド・チャンドラーが、トレンチ・コートを知っていても、まったく不思議ではない。
おそらく、たった三ヶ月で「大いなる眠り」を書いたとき、彼はマーロウの「私立探偵」という職業の位置づけを「孤独な兵士Solitary soldier」としたかったのではないか?そのとき、シンボルとして軍用コートであるトレンチコートが連想的に浮かんだのではないか?
僕にはそう思えてならない。

ところがですな・・実はマーロウものでトレンチ・コートが登場するのは、ただ一度「大いなる眠り」だけなンです。以降、一度も出てこない。
面白いですね。

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勝鬨美樹
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました