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星と風と海流の民#49/扶南王国#04
2時間ほどアンコール・ボレイ博物館を見学した後、僕らはもう一度博物館の周辺を歩いた。飾られている石像は模造品でホンモノはプノンペンの博物館に有るそうだ。
「アンコール・ボレイは扶南王国の時代が終わると、真臘チェンラを経て『水真臘Chenla of Water』の中に取り込まれたんだろ?」
「はい、そうです」Suanくんが言った。
「そしてクメール王国に取り込まれていくわけだ」
「はい」
「王が替わっても町は有った」
「はい」
「クメール王国の時代にもこの町は有った」
「はい」
「クメール王国って小乗仏教(上座部仏教)の国だろ?しかしこうやって全体を見まわすと・・此処の博物館には、それを具象する遺物が無いように感じたんだ・・たとえば法輪。八正道だな。仏陀の足跡。蓮の葉。なものだ。
此処にある遺品はヒンドゥーを具象するばかりで、そうした典型的なブッディズムを思わせるものがない。意図的なのかな?」
「・・なるほど。思いつきませんでした」とMoauくん。そう言いながら彼はSuanくんを見つめた。
「クメール王国の信仰対象は当初、真臘チェンラの人々のままヒンドウーでした。シヴァやヴィシュヌへの信仰ですね。そこに小乗仏教(上座部仏教)が浸透し始めるのは最盛期の頃からなんです・・AD1100年を過ぎてからでしょうか。ジャヤヴァルマン7世の時代からです。この頃からヒンドゥー教と仏教が複雑に融合した独特な形式になるんですが、LokMikeのおっしゃる通り、ここの展示品はその傾向が希薄ですね。真臘チェンラや扶南王国にハイライトを当てているかもしれないですね」Suanくんが大きく頷いた。
「でも、これから行くアスラム・マハー・ルセイ寺院Asram Moha Eysey Templeや、プノン・ダ寺院Phnom Da TempleはAD1100年になってから大幅に再建された所なんです。ヒンドゥー教の神々と仏教の仏を、同時に祀るようになってます」
僕らは再度クルマに乘った。ドライバーは引き続きMoauくん。
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アンコール・ボレイ川に掛かっている古びた橋(二車線)を渡った。村は少し町らしくなったような感じがした。しかし道路はあまりよくない。午前中に走って来た国道2号線の続きだろうか?
5分ほど走るとMoauくんが「ちょっと寄り道します」と言った。クルマは右の細い未舗装路に入った。五分くらいだろうか、右側に崩れた城壁の跡が有った。
「この城壁が一番現存している中ではきちんとしています」Moauくんが言った。
「私の父母の時代までは、幾つも大きな壁で囲まれた集落があったそうです。いまはほとんどありません。アンコールボレイは、プノンペンが首都として設立したころから、いまの国道2号線になる幹線道路で繋がっていたので中継貿易地として長い歴史を持っていたんです・・いまは凋落しきってしまいましたが」
「ここはMoauくんが生まれ育った土地なのかい?」
「はい。先生が私に"君の生誕地をご案内するように"とおっしゃったんです」Moauくんが恥ずかしそうに言った。
「なるほどね。それはありがたい」
「アンコール・ボレイ博物館は私が子供のころに作られました。もともとは廃墟になった古い仏教寺院の敷地に作られたそうです。真向かいに有った四角い壁だけの建物は、その寺院の礼拝堂だったそうです」
「なるほど」
「ほとんどの展示物に英語のプレートが付いていて、はじめて来た時は、なんだか国際的で、とても誇らしく思えました。ここの博物館の英語のプレートを見て、僕は大学へ行って世界のことを学ぼうと思ったんです」
「なるほど。Moauくんにとって、とても大事なモニュントなんだね」
「はい。いまは埃塗れですけどね。それでも小振りで、今でも整った素晴らしい博物館だと思います」
「そうだね。扶南王国とクメール文化が混然と歴史の内で折り重なっていることがとてもわかる博物館だった。素晴らしい体験だった。お二人にとても感謝しているよ」僕が言った。
僕らはクルマに戻って、さらに南へ降りた。すぐにフランスっぽい小さな環状交差点に出会った。中央に半跏姿の女性の石像があった。
「クメール王女だそうです」Moauくんが言った。
クルマは右へ曲がり、人家の前に停めた。
「ここでクルマは降ります。これからは階段で上下する道になります。プノン・ダ寺院そのものは少し離れていますが、他に見るものが有るので散策しながら歩きましょう。・・ちょっと待ってくださいね」Moauくんはクルマを降りるとその家の人らしい男と何やら話してから戻ってきた。
「OKです。クルマは預かってくれることにしました。さあ行きましょう」
未舗装の道路の向こうに小高いプノン・ダの山があった。
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