東京散歩・本郷小石川#06/はじまりは僕の古傷から#03
万引きをした。中学2年の時だ。何人かで組んで近所の文房具屋で製図の道具などを盗んだ。
当時西仲を仕切っていた悪ガキ集団がいた。地元のテキヤの倅がボスだった。そいつらの庇護下に入るための通過儀礼だった。文具店は何回も被害に遭っていたらしい・・僕らは待ち伏せした警察官に補導された。
すばしっこく逃げた奴もいたが、オロオロしていた僕は逮捕された。
迎えに来たのは母と担任の教師だった。
終始無言だった母は、帰宅すると台所から柳包丁を持ってきた。そして「あんたを殺して、あたしも死ぬ」と云った。激高していなかった。僕は殺されると思った。土下座をして何度も謝った。命のやりとりだった。母は言った「お前の誠という名前はアルがつけたんだよ。お前を妊娠した時、アルが言ったのよ。Live with integrityって日本語でなんて云うのか?って。それでお前を誠という名前にしたんだ。万引きをしてまで誰かの仲間にしてもらうことが、誠の道かい? ちがうだろ」母は包丁を置くと泣きながら言った。「あんたが一人ぼっちなのは、あたしが悪い。あたしが悪いよ。でもお願いだから、そのことで曲がってしまうのだけは勘弁しておくれ。何もかも全部無駄になる」
そのまま暫く学校は休んだ。何日かして小石川の肇叔父さんが訪ねてきた。
「飯食いに行くぜ」といってヘルメットを渡した。肇叔父さんはオートバイ乗りだった。クロガネに乗っていた。僕はそのとき初めてタンデムでオートバイに乗った。
向かったのは白山に在る円乗寺だった。お七の墓がある。
途中で買った菓子パンを齧りながら境内を歩いた。
「八百屋お七、知ってるか?」肇叔父さんが言った。
「うん」
「実在のお七がどんな人だったかはわからない。でも西鶴が書いたお七は判る。西鶴は慕いに流されて道を外してしまう人の姿を描いたんだ。ない話じゃない、実はよくある話だ。そのよくある話を西鶴は書いた。」
「よくある話?」僕は聞いた。
「ああ、やりたい・こうしたい・こうなりたいはな。度が過ぎると、やりたい・こうしたい・こうなりたいと思った根っこから離れちまうんだ。いつの間にか欲を叶えることが目的になっちまう。
オレもそうだった・・」
「叔父さんも?」
「ああ。オヤジが製本屋をはじめたのは神田だった。でも戦災で燃えちまって、オヤジも死んで、長男だったオレの悲願は製本屋を再興することだったんだ。で、いまの小石川に工場を立ち上げた。でもな・・無理はあった。その無理のせいで、お前の母親も、リキも末子も・・最後はオフクロまで出て行っちまった。残ったのは・・叶った悲願だけになった。いまでも思うよ。思いは自分だけの都合じゃいけない。度が過ぎると人の都合を押し曲げてしまう」
「・・・」ぼくは黙ったままだった。
「でもな、マコ、わすれちゃいけねぇことは、先ず根っこにオノレがあっての話なんだ。オノレが有って、はじめてひとさまの都合を慮るんだ。オノレがなければ、慮るも糞もない。
お前の父親が俺に聞いたんだ。Live with integrityを我が子の名前にしたい。日本語では何と云うのか?ってな。」
「・・僕の名前をつけたのは肇叔父さんだったんだ・・」
「ちがう、俺は翻訳しただけだ。名前をつけたのはお前の父親だ。お前の魂の根っこを決めたのは、お前の父親だ。」
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました