小説特殊慰安施設協会#09/1-2 銀座一ノ七
昨夜遅く、宮沢理事長を慰安部長の高松が訪ねたのは、その件の報告と娼妓の員数確保の方法についての相談だった。高松はリアリストである。小町園の状態を見て、このままでは女の確保ができなくなるなと踏んだ。疎開している娼妓たちや、焼け落ちた花街で働いていた娼妓たちを高給好待遇で呼び込むだけでは、とても覚束ない。員数集めのために素人も巻き込む。戦火にすべてを失った女たちなら食べるもののために体を売るだろう。いまなら集められる。高松はそう思った。そして、そんな女たちを確保するために、早急に複数新聞へ慰安婦募集の広告を出す。そして立て看板を建てて広く公募する。そう即断した。その決断の同意を宮沢理事長に求めたのである。
高松は、その席に大竹広告副理事長も呼んだ。大竹広告は京浜地区の廓の元締めである。大男で如何にもやくざの親分の風体だった。協会の慰安婦集めはこの二人がしていた。その二人が玄人だけでは頭数が揃わない。広く公募しないと無理だと、宮沢に膝詰談判をしたのだ。宮沢は呻吟した。
「しかし、その電車に飛び込んだという女は素人だろう。素人を使うとそんな事件が頻発するんじゃないか?」宮沢は言った。
「今後は大丈夫ですよ。わしが素人にはきちんと因果を含めます。」大竹が重々しく言った。
宮沢は、元々は飲食業組合の長である。女衒商売には疎い。二人の話に従うしかなかった。 そして今朝早く宮沢は二人を伴って警視庁を訪ね、小町園の状況の報告と今後の娼妓の集め方について報告をした。一般から集めるという話に警察側の担当者である高乗保安部長は驚いた。
「集まるかね」高乗保安部長は聞いた。
「集めます。重要な国防事業ですからな。身をもって防波堤となってくれる、謂わば国防女子挺身隊を組織してみせます。」大竹副理事長が背筋を伸ばしたまま力強く返事した。
「・・・そうか。国防女子挺身隊をな」高乗保安部長は腕組みをした。表情は厳しかった。
林穣がこの話の経緯を知ったのは、大手新聞に慰安施設協会慰安部で作成した「事務員募集」の記事が出た後だった。
「それより」目の前に無言で立つ林穣に、宮沢理事長は話を続けた。「昨日厚木基地に降りたマッカーサー連合軍総司令官が、そのまま横浜のニューグランドホテルに入った。そのことで高乗保安課長から連絡が入った。」そして表情を和らげると、引き出しの中から煙草の箱を出しながら言った。
協会への公的な指示・情報はすべて警察側から高乗保安課長を通して伝えられていた。しかし、すべてが口頭だった。警察は何も書面を残さないことに徹底的に拘っていた。
「横浜税関が接収されて指令本部になったそうだ。内務省が間を取ってくれている。月曜日の朝一番に、横浜税関ビルに行って連合軍の担当局へ我々の事業についての説明をしてくれとのことだ。高乗保安課長も同席するそうだ。」
「判りました。書類の作成にかかります。」
林穣は一礼して自分の席に戻った。
「動き始めるよ。林君。我々の大事業がな。」
宮沢が呵々と笑いながら言った。林穣は顔をしかめたままだった。