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小説特殊慰安施設協会#17/銀座に立った慰安婦募集の大看板
昼休みに面接担当者が集まった。
「受付のやり方を整理しよう。このままでは他の仕事に差し障りが出る」総務部の尾崎が言った。
「いくらなんでも、臭いがたまんないからな」キャバレー部の山崎が苦笑いをした。
「二階の空き部屋を面接室にしよう。合格者の待機も空いている部屋を使おう。それで合格者を慰安施設に連れていくトラックも、1日2便ではなく午前1便・午後2便にしよう。そうしないととても捌き切れない」尾崎が言った。
「ダンサー希望者はゼロだったな。」山崎が言った。
「希望者はいた。しかし経験者はいなかった。だからとりあえず全員慰安部のほうで採用した。」一次面接を担当していた、慰安部の太田が言った。
「林部長に言われてるんだ。キャバレー部のほうでも今週中に200名くらいは採用しろって。月内に500名。来月内に500名は確保するようにって。未経験者でも見映えのいい人はキャバレー部にくれないかな?」山崎が言った。
「それは構わないが、面接に来てる人たちの大半が家を焼け出されて住むところさえ無い人たちだぜ。採用するのはいいが、どこに収容するんだ?」太田が言った。
「林部長が言ってた。前の千疋屋を期限付きで借りたそうだ。そこを今月半ばには開店させるんで、そこで働いてもらう人のために、開店までにはダンサー寮を作るって。それで最低でも150名のダンサーを確保するようにと言われてる。」山崎が言った。
「それまでダンサー希望者は、どこで寝泊まりする?」太田が言った。
「自宅待機だ。」山崎が太田を睨めつけながら言った。
「自宅ぅ?!」太田が階下を差しながら言った。「あの人たちのどこに自宅がある。自宅がある人たちが、売春婦をやらされると判ってて、あの列に並ぶか?バカ言うな。」
「・・判った。待機が出来ないと言った応募者は、慰安部で採用してくれ。」山崎が言った。
「当たり前だろ。いま身体を売っても要るのは、食う寝るところに住むところなんだ。建前と自分の都合ばかり言うな。」太田は声を抑えながら言った。
山崎は黙ってしまった。そして「食う寝るところに住むところ・・か。パイポパイポだな。」とため息のように言った。
全員が黙ってしまった。午前中の面接だけで、自分たちがやろうとしていることの重さ。応募者たちの命と人生を預かっている重圧。それに全員が押しつぶされそうになっていたのだ。
「俺はな、こんな女衒みたいなことを始めたのは、誘ってくれた林部長がこう言ったからなんだ。沢山仕事を生み出してください。沢山の人に給与を得る機会を与えてくださいってな。判るか?その林部長の決意。俺はあのとき感動した。だからこんな女衒役を引き受けたんだ。俺は、応募者は全員採用する。俺は、あの人たちに、最低な道かもしれないが、衣食住が手に入る道を提供する。」太田は溜め息をもらすように言った。「うちで働くことは、最低かも知れないが最悪じゃない。最悪ってぇのは、食うものもなく道端でくたばっちまうことだ。」
全員が沈黙した。
「・・よし。ダンサー志望者と、ダンスが出来なくても容姿端麗な応募者は、自宅待機の出来る者のみ、キャバレー部で二次面接をしてもらう。それでいいか?」尾崎が言った。
「もうしわけない。」山崎が座ったまま頭を下げた。「そうしてくれ」
「二次面接は私が」と千鶴子が言うと、全員が声を揃えて「ダメだ」と言った。
「やらせてください。」千鶴子が続けていった。
「君は、他に君しかできない仕事がある。それに。」山崎が言った。あとを続けたのは太田だった。
「応募者の君を見る目付きが怖い。あれは良くない。もしダンサー志望者でも、なにかの理由で慰安部に回さなければならない応募者が出た場合。君がダンサー志望の面接を担当していたら、絶対、君への遺恨が生まれる。君を逆恨みする。だからダメだ。」
千鶴子は驚いた。みんなが応募者たちの視線に気が付いていたのだ。
「申し訳ありません。」千鶴子は頭を下げた。
事務所の前に出来た応募者の列は、午後になると倍に膨れ上がった。相変わらず殆どが女性で、風体はボロボロな人ばかりだったが、中にいかにも娼妓だったらしい人が混ざるようになった。大半の女性が無言で下を向いているのに対して、彼女たちは整理している係の者に「ねぇ。割り前、どのくらいなのよ。」などと明るく声をかけていた。何人かの、仲間と一緒に来たらしい組は談笑さえしていた。
「あっちの人って、あっちもデカいんだろ?大丈夫かねぇ。」
「デカけりゃ、デカいだけのお給金貰えれば、アタシゃ構わないわよ。」
「そりゃそうだけどさ」
そんな声高な娼妓の話を聞いて、無言で列から離れる女性もいた。
たしかに協会が提示した条件は破格だった
廓は、玉代を店側が7割5分、娼妓が2割5分に分けるというのが通例だったが、協会はこれを5割5割の折半とした。さらに廓は、娼妓たちが使う着物・寝間のもの、すべて娼妓もちで、割り前からこれらを天引きするのだが、協会はこれらをすべて協会が負担した。この噂は、廓を焼け出されて仕事を失っている娼妓の間に、あっという間に広がった。おかげで翌日から協会の前に並ぶ女性たちの大半は娼妓ばかりになった。
その日の夕方、高松が事務所に来た。
「尾崎、ちょっと来い」高松が自分の机に座ると、ドスのきいた声で言った。
「はい。」尾崎は弾かれたように立ち上がった。
高松は机の中から煙草を出すと、それを咥えながら、おもむろに言った。
「応募者だが、あれじゃ適わん。営業所で即戦力にならん。」
慰安部は、慰安所を営業所と呼んでいた。
「はあ」尾崎が言った。
「合格者は、まず飯を食わせろ。」
「飯を?」尾崎は驚いたように言った。
「ああ、国民食堂で食わせろ。食券を員数分確保しろ。それから全員を銭湯へ連れてけ。風呂に入ったら、そこで着るものを全て支給したものに替えさせろ。化粧もさせろ。それから営業所へ連れてこい。
あんな乞食みたいのがそのまま送り付けられても、営業所はどこもテンテコ舞いしてるんだ。とっても面倒は見れんからな。事務所のほうで、すぐ使えるように拵えろ。」
「わかりました。」
「今からすぐやれ。夕方、営業所へ送る分から、玉は磨いておけ。」
「了解しました。すぐやります。」尾崎は深々と頭を下げると、事務所を飛び出していった。
「まったく、どいつもこいつも商いのイロハの判らんウラナリばかりだ。」高松は毒づきながら事務所の中を睥睨した。
「ところで萬田。」高松が言った。
「はい。」千鶴子が返事した。
「キャバレー部はどうだ。採れてるか?」
「まだ少ししか採用できていません。」
「そうか」高松は鼻で笑った「まあ頑張れや。」
「はい。」千鶴子は高松から視線を外さずに返事をした。
「ところで、お前に頼みたいことが有る。」
「はい?」
「慰安部でも、語学に通ずる者を雇用することにした。それが近日中に事務所へ来る。どの程度英語が出来るか、お前が面接して確かめてくれ。」
「はい。わかりました。」
「いつまでも林部長にオンブにダッコというわけにはいかんからな。それに第一、こっちの言ってることを、どのくらいそのまま伝えてるか、判らんからな。」そういうと高松は豪胆に笑った。千鶴子は沈黙したままだった。
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