小説特殊慰安施設協会#36/オフリミットの嵐と潮目
商売としてみると、R.A.A.の売り上げは順調だった。慰安部もキャバレー部も、連日満員で収益は大きかった。それが社員たちの判断を狂わせた。この日を境に、宮沢たちが大型新店舗の出店企画に首を縦に振らなくなったことに、誰も気が付かなかったのだ。R.A.A.は順風満帆だと思った。なので新規店の企画を次から次に会議で出された。大盛況の小町園を2部制にして娼妓を二交代制にしよう。ビリヤード場を作ろう。慰安所には土産品コーナーを設けよう。スケート場、新しいダンスホールをと・・さまざまな計画が会議で発案された。
10月の終わりにR.A.A.にも組合が出来た。社員は社員旅行を企画し、日比谷音楽堂を借りて演芸大会も開かれた。誰一人、R.A.A.が静かに方向転換したことに気付く者はいなかった。
林譲も気が付かなかった。キャバレー部が出した店舗は何処も順調で、最初の予定より好成績を挙げていたからだ。林譲は、当初計画通りの事業計画書を幾つも会議の席に提出したが、宮沢は関心はするが首を縦に振らなかった。
「林君。銀行が2回目の約束を履行せんのだよ。儂も事ある度に催促しとるんだが、まったく出んのだよ。もし出れば、すぐに君の企画は実行するよ。しばらく待ってくれたまえ。」
宮沢理事長は、それを繰り返すだけだった。
「それもそうだが、松坂屋の地下の店はどうなのかね。工事は順調なのかね?」
「はい。もちろんです。」林譲は言った。
「とりあえずだな。それに一点集中してくれたまえ。まずキャバレー部の目標は、日本一のキャバレーを銀座にオープンさせることだよ。」
林譲は憮然としながら黙った。
松坂屋の地下二階と三階に作るキャバレーは「オアシス・オフ・ギンザ」と名前は決まっていた。スタッフはすべて千疋屋キャバレーから移行する予定だった。それに合わせて、千疋屋キャバレーは閉店する。オープンは11月である。
10月にはいるとR.A.A.の隆盛に、二匹目のドジョウを狙う連中が地方都市で続々と現れた。京阪神地区、北海道東北で次々に同工のキャバレー/娼館が開かれ、彼らも夫々の地域で大々的に新聞広告でダンサーと娼妓を集めた。こうした地方で立ち上がったキャバレー/娼館の中には、R.A.A.傘下へ入ることを望み、銀座を訪ねる者もいたが、宮沢理事長は余程の絡みが無い限り全て素気無く断った。
「いやいや、私らは東京京浜地区だけで手一杯ですわ。どうぞどうぞ、ご自由にやってください。まあ、もし何かお手伝いが必要でしたら言ってください。なんでもしますよ。」そう言って、殆どの来訪者を追い返した。
訪ねてくる連中は、実はGHQのオフリミット攻勢にR.A.A.が如何ほど翻弄されているか。想像も付かなかったに違いない。
確かにR.A.A.の新聞広告は殆ど毎日、各誌に載せられていた。そして地方から仕事を求めて訪ねてくる女たちのために、銀座の各所に無数の張り紙が貼られた。
曰く「社員募集・ダンサー募集・女子従業員募集」
これらの文面に、彼らが営む売春施設に蔓延している性病の臭いは全くしない。過酷で凄惨な現場の様子も、全く見えない。おそらく、この広告は集まってくる女性たちには、まるで唯一つ敗戦の残骸に残された煌々と輝く熾し火のように見えたのだろう。