ちょっとフィクション/何も変わらない朝。
歩いて間に合わないわけではないが、
なんとなく自転車で行こう。
自転車の鍵をカチャンと差した。
幸い日差しは穏やかで、
日傘なしにやわい日光を浴びた。
外気に触れて汗ばんだ首元を、
朝の涼しさをたたえた風が通り過ぎた。
自転車を止めて時間を確認すると、
電車が到着するまであと5分もあった。
歩いて改札に向かっても間に合う時間だ。
ひとと変わらない速さで階段を降りた。
電車に乗りこんでつり革につかまると、
前に座るひとたちが詰めて、
目の前に一人分のスペースが出来た。
一瞬戸惑ってから座った。
買い替えたばかりのスマホをひとしきり触って、
ふと初めて見る親子が座っているのに気がついた、
お母さんに抱えられた小さな子は、
先の駅でお父さんと降りていった。
朝の時間はあっという間。
次に気づけば目的の駅に着くところだった。
横の人が立ち上がり扉へ向かったけれど、
車両が停車するまでぼんやりとした。
階段を一段飛ばしで上がって、
エスカレーターの人を追い越して改札へ向かう。
さて今日もまた、
変わらない一日が始まる。
…と書いたところで、
スマートフォンを持つ手を止めた。
果たしてここにいる人物は、
日々の生活を変わらない一日と形容するだろうか。
肌に受ける季節的な刺激に意識を向け、
周囲の他人に目を向けるような人物が。
そんなはずはないことは分かり切っていた。
だって今この画面の中にいる人物は、
おおよそ私といって差し支えないのだから。
数日後には忘れてしまって、
ああ今週もなんだかあっという間だって、
まとめてしまうとしても、
今この時自分にとっては唯一無二の、
朝であって夕方であるのだから。
何気ないものを書くつもりで並べた日本語を、
ざっと眺めたがもう特別な一日にしか見えなくなった。
如何ともしがたくて下書きごと削除して、
夕方の地下鉄の中、
代わり映えしない特別な景色を眺めた。
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