ちょっとフィクション/ゴーストライター。
突然のことですみません、今これを読んでいるあなたはとても驚いていることかと思いますが、決してあなたを驚かせようとか恐怖させようとか、身に危険が迫っているとかそういうことではないことを先にお伝えしておきます。
私は先ほど死んでしまったようです。ええ、嘘ではないんです。嘘をつくならばもっとましな嘘をつきます。嘘でないからこんなにも信じがたいことなのです。
正直のところ私も全く実感が湧いていませんでした、先程まで。
私は自分の部屋でベットに寝転がって、どんよりとした窓の外の景色を眺めていたはずなのです。ふと気づいた時には動かない自分のからだを見下ろしていました。
最初は夢かなにかを見ているのだろうと思いました。でも夢から覚めようと顔にあたるところを叩こうとしたり、自分のからだを揺すろうと試みたり、文字通りからだと一体化しようとしてみたりしたのですが、ついに私の意識がからだと一致することはありませんでした。
仕方がないので目の前の自分をじっと観察してみました。さっきまで自分がそこにいただけあって、今にも動き出しそうな精巧な人形のように見えました。まだ体に湿り気のある熱がこもっているようでした。だけれど脈打つ心臓の鼓動によっても、呼吸する肺の上下によっても、私のからだはほんのわずかにも動きそうにありません。
どうにも私は、死んでしまったようです。
まあしかし、私が死んでしまったことと、今ここにとりとめもなく文章を残していることには何の関係もありません。あなたはただ私の隣人だっただけ。私がほんの出来心で、壁を通り抜けてみた先があなたの部屋で、気まぐれにあなたが開きっぱなしだったパソコンに興味を持ってしまっただけのことなのです。
さて偶然にも、私は死んだ末にこの世に何かを遺す機会を与えられたわけなのですが、(こんなことを考えてしまうのはあなたからすれば迷惑極まりないことかと思われますが)ただこうも急に死んでしまっては、この世への後悔も残される者への感謝や慰めもパッと思いつくものでもありません。
なのでこのパソコンと少々の電気代をお借りして、これからの予定を書き記そうかと思います。
死んだ末にこれからのことを考えるなんて思いもよりませんでした。ただし私も死んだ身ですので、これからというのがいつまで続くのか見当もつきません。ひとまず思いつく限りのことを。
ともかく、実家に帰ってみようと思います。生きている間であれば一万円、半日はかかるところを新幹線で。実家には私と仲良しだったねこがまだ元気に生きていますので、彼女ならもしかしたら私に気づいてくれるかもしれない。もし気づいてくれなかったとしても、彼女には一目会っておきたいのです。
両親は多分気づいてくれないでしょう。しかしそれでは私のからだが部屋でほったらかしになってしまう。それはまずいことです、私にもあなたにも。どうにかして両親に感づかせる必要があります。でもどうすればよいのでしょうか。
わたしはこの世の物に干渉ができないようなのです。今打ち込んでいる文章も、実際にキーボードがカタカタとなっているわけではなく、キーボードに指を置いていた時を思い出していたら何やら仕組みは分からないけれど文章が画面上に表れているという次第で。この様子を見ている私が一番内心恐れおののいています。
メールでメッセージを送ったらよいのでしょうか。それではむしろ私が生きていると伝えているようなものです。発見が遅れてしまうに違いない。しかし実家の写真立てを倒すわけにもいかない。そもそも両親はオカルト的な出来事を全く信用しない人達ですから。
何か良い方法がないでしょうか。新幹線に乗っている間にいいアイデアが思いつくと良いのですが。あまり期待はできませんが、これからの私に委ねることにしましょう。ああシンカンセンスゴクカタイアイスを食べ損ねてしまった。
後の私のからだのことは私のいずれやってくる妙案と両親に任せるとして。それからは何をしようか。
海には行きたいですね。私は祖父母の家の近くにあった海辺に行くのが昔から大好きでした。ここ数年は実家にも祖父母の家にも帰ってなかったですから、残り少ない時間ではありますが、きちんと里帰りをしておきましょう。
そしたらきっと、私の残りの時間も無くなってしまうことでしょう。もっと早いかもしれないしもっと短いかもしれない。きっと私のことだから、行く先々でいろいろなことを思い出して、予定通りにはいかないかもしれない。ただこの調子ならきっと、後悔の無い余生を送ることができる、そんな気がしています。
なんだか私の思考もうまくまとまった気がします。これも私の隣の部屋で、偶然パソコンを開いていてくれたあなたのおかげです。この場をお借りして、ありがとうございました。
私は気まぐれでこの文章を、あなたのパソコンに残したまま実家へ向かう新幹線に乗り込もうと思います。我ながらなんて迷惑な隣人なのだろう。顔も知らない隣人にパソコンを提供してくれたあなたになんてひどい仕打ちだろう。
お礼とお詫びと言ってはなんですが、この文章はあなたの好きにしてもらって構いません。生前書かれた作品には死後も何年間か著作権が発生するそうですが、死後に書かれた文章は特にそういうの無いでしょう。きっと。
気味が悪いでしょうから消してもらっても構いませんし、オカルト好きのお友達に見せびらかしてもいいでしょう。あなたが書いた文章として投稿しても。もしこの文章があなたのお気に召すのなら、ですが。
長々と失礼しました。一度会うことも叶いませんでしたが二度と会うこともないでしょう。きれいさっぱり忘れてください。
それでは私はこれで。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?