ちょっとフィクション/夜色の屋根の家。
いち速く同居人から離れたくて、
とっさに部屋を飛び出してきたけれど、
こんな真夜中では行く宛もない。
最寄りのセブンイレブンで、
アイスでも炭酸でも買おうと思ったけれど、
この時間のコンビニに近寄る勇気もない。
家の鍵も置いてきてしまった。
しばらく家に戻る予定もないけれど。
スマホと財布はちゃっかり両手に握っている。
さてどうしたものかとその辺りを歩いていると、
小さな公園が目に入った。
この街ではここに公園があるのか。
頭の中の地図にひとつピンをたてた。
昼間の公園は子供たちの遊び場だけれど、
深夜の公園は私にとっての避難所。
昔からいつもそうなのだ。
高校二年生で初めて家出を決意して、
でも結果上手くいかなかった時も、
就活が行き詰ってどうしようもなくなって、
行き場を失った絶望に覆われた時も、
…あっそれだけだった。
今日でまだ三回目なのか。
ちょっと意外なくらいに深夜の公園に、
なじみがある気がするのはなぜだろう。
公衆トイレの横に置かれた自販機で、
お店で見かけたことのない炭酸飲料のボタンを押した。
自販機と街灯のほかに明かりのない、
静かな街にガゴッと音が響いた。
小さな公園にはベンチがひとつと、
滑り台とぶらんこと砂場と、
それだけだった。
大人しくベンチに座って、
プルタブを起こすと缶はプシュッと空気を噴き出した。
一口飲んで、
一息ついた。
ふと先ほどの出来事を思い返した。
なんで私が家を明け渡しているんだ。
だってお互い様だったし、
どちらかというと同居人の方が悪い。
いやどう考えても私は何も悪くない。
だからといって部屋に居続けるのは耐えられなかった。
同居人は気まずさに無頓着で、
楽しさではしゃぎ回るのにも、
悲しさで怒り狂うのにも、
私の感情なんてお構い無しなのだ。
今の状態で同じ空間にいるなんて、
耐えられるはずがなかった。
だから私が部屋を出て来るしかなかった。
仕方ない他に手だてがない。
分かっていても悔しいものは悔しい。
なんだか考えるほどに、
目元が熱くなって暗闇が歪んで見えてきた。
バカヤローって心の中で叫んで、
なみなみ残った炭酸を一気に飲み干してやった。
ふと目の前を見ると、
人っ子ひとりいない公園が広がっていた。
もともと広がってたのは分かってるんだけど、
そこには私しかいない公園がある。
私の家は、住所は、
歩いてすぐ、同居人がいるあの部屋だ。
いずれ最終的にはあの家に、
きっと同居人が寝静まったあの部屋に、
帰らないといけないけれど。
だけど今このときだけ、
私の他に誰もいない、
夜空に守られたこの公園が私の家だ。
私が好き勝手やっても、
咎められず苦にもされない。
わくわくしてきた。
ちょっと情緒が不安定だ。
じゃあ手始めにぶらんこに乗ろう!
空き缶をごみ箱めがけて放り投げて、
ぶらんこへと駆け出した。
競争相手なんていないにもかかわらずだ。
ぶらんこはとても小さくて、
立ちこぎすると頭をぶつけるものだから、
不安になるほど小さな板に座って、
全身で大きく強く漕ぎ出した。
空は真っ暗でなにも見えない、
ただ暗闇が公園を覆っている。
ここが私の生きる場所、
私の家だ。
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