大根の染みる季節になりましたが
さいきん、私は大根の煮物が大好きになった。
小さい頃、というか最近まで、煮物って茶色くて、茶色だらけで、美味しそうに見えなかった。
見た目に屈せず口に運んだとて、「だし」のうっすらとした味に大根やごぼう、人参、こんにゃく、がんもどきなどの具の若干苦いようなニュアンスを、舌が微妙に感じ取る難しさ。
その微妙な味を、率直に「うまい!」とは言えなかった。
何より、「ご飯のおとも」にならない。私の舌は最近まで、「ご飯のおとも」大好きなあまちゃんだった。
とはいえ、私の祖父が時々つくってくれる料理といえばほとんど茶色い煮物。それも、しっかりとだし汁の染み込んだ大根や、がんもどきがたっぷりのやつ。それが我が家のメインディッシュとなった時、私は食べられるお菜(かず)がほとんどなくなってしまうのだった。(そんな日は納豆とお味噌汁、ご飯の三種の神器ですませる。納豆はお菜のない日の救世主なんだよな。)
最近一気に冷え込んだので、我が家ではついに、リビングでファンヒーターをつけるようになった。
旬の食材を食べることを一つの信条としている私の祖父は、キッチンに立ち、袖をまくる。野菜室から取り出したのは、寒い冬に甘さを増す白い奴。大根だ。
「よしよし、上出来、上出来」とか、「ちょっと甘さが足らんなあ」とか、
一人でつぶやきながら祖父はせっせと煮物をつくる。
祖父は太っていて足が悪いから、キッチンのカウンターに腕をつきながら、ああでもない、こうでもない、と料理する。
その姿は、いつの日か思い出したら泣いてしまいそうなくらい、愛おしい。ちょっと切なくなりながら、謎に、後ろ髪もひかれながら、バイトに出かける。
帰宅したその瞬間、家中にかつおだしの香りがしていて、「できてるな」と胸が高鳴る。今年は突然寒くなったからなのか、煮物が楽しみで仕方なかった。元々好きだったわけでもないのに、不思議と。
砂抜きしておいてくれたしじみで味噌汁をつくり、今日はすぐ夕飯にした。煮物を器に移すと、ホクホクたちのぼる湯気がすでに美味しそうだ。
みんな揃ったら、冷めないうちにいただく。
炊き立ての白ごはんと一緒に、大根を口に運ぶ。
うーん……この時期の大根だからなのかなぁ、あまい。染み込んだだし汁と、大根の水分とが一度に溢れる。超ジューシーで、めちゃくちゃうまい。五臓六腑にしみわたる、ってやつだ…
…と、もうわたしの脳内では、松重豊が孤独でグルメな食レポを初めていた。数えてないけど、4回くらいお皿いっぱいの大根をおかわりした気がする。
関西に旅行に行った時、関西風おでんを食べてやけにおいしい大根おでんと出会ったことがあった。その時にも思ったけど、冬になって食べる大根ってやっぱり、改めて、格別なんだな〜と。
加えて、おじいちゃんの作った煮物をおいしく味わうことができている嬉しさみたいなものがどこかにあった。
味覚が大人になっているみたい。家族みんなが「おいしい」と食べているものを、私も心からおいしいと思って食べているうれしさ。みんなで食卓を囲む暖かさを確かめた、11月19日だった。
こんな具合で、大人になればなるほど、季節の楽しみは増えていくなぁ、と感じる。
これまで冬の楽しみといったら、クリスマス、関東ではひと冬に1回降るか降らないかの雪、お年玉、くらいだったけど、最近、ウィンタースポーツと、クリスマスケーキを買う新しいお店と、大根の煮物が増えた。
これは私が大人になって、お金や行動範囲や味覚や、いろんな条件が開放されたからなんだと思う。大人になるってことは、幸せの可能性が増えていく事なんだ、とやけに楽観的になってしまう。
今年は、どんな冬にしようかな。たくさん大根食べたいな。あと私も、煮物作れるようになりたいなぁ。こんなふうに、楽しみを指折り数えてストックしておく。乾燥を嘆いたり、冷え性で手がかじかむまえに。
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