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KS3PJ「還暦サブスリー」への挑戦開始①宣言
「世界のサノアツ」に触発されて、とんでもないことを宣言してしまった。
私の誕生日は8月。還暦内にコトを修めるのなら2021年の8月いっぱいが期限となる。今月を入れても16ヶ月。できるか?
※KS3PJ=「還暦サブスリー」プロジェクト。後にTakeアスリート鍼灸院の田中猛雄院長と相談のうえ、2021年秋の大会をターゲットとすることにしました。
チャレンジこそ人生の醍醐味
やらずに後悔するのなら、やって後悔する。これが私の基本理念だ。人生の最後に、人が決まって言う事は「あの時あれをやっておけばよかった」と。
人生の残り時間が見えてきた、還暦前だから楽しめそうな一大イベントだ。勝算が無いわけではない。私は自転車レーサーだからだ。
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中学で石川県の県大会に出場したのが始まりで、中学高校と自転車三昧の日々を過ごした。自分でスポーク1本から組み立てたニシキ(カワムラサイクル)のロードレーサーは、自分の手足の様に動いてくれた。
大学に入って、自転車への興味は薄れた。オートバイに移行したのだ。その後はクルマ、4輪モータースポーツへと発展し、30代前半で全日本カートのメカニックを最後にモータースポーツから足を洗った。
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ベルギーが私を覚醒させた
30代中頃でアメリカのIT企業へ転職し、40歳でベルギー企業へ移った。メカニカルエンジニアとしてのキャリアは続く。
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ベルギーは自転車大国だ。国技はサッカーと自転車。日本から大きなトランクに入れて愛機を連れて行った。ベルギーには欧州で誰もが知るレースに使われる一般道がある。春のクラッシックレースは、人々を魅了する。そんなベルギーの自転車の中心に暮らした。
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自転車さえ乗れば、誰とでも仲良くなれる。国も年齢も性別も関係ない。関係あるのは脚力だけだ。人と出会えば「脚の見せ合い」が始まる。ベルギーには有名な石畳の坂がある。そこへ行けば喘ぐライダーが何人もいる。
この坂はサイクルロードレースに興味のある人なら、知らない人は居ない、コッペンベルグ。春のクラシックレースの幕開け、ツール・ド・フランドルの名物だ。名だたる剛脚のプロレーサーが、この坂の先で自転車を降りて押して上がる。
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石畳は滑る。ゆえに脚力だけでは登り切れない。雨上がりの後などは地元民に「行くな」と諭される。プロでも担いで上がるほど難しいのだ。
ベルギーの路は厳しく、そして愉しい。
2005年の秋、ロードレーサーを再び買った
45歳の秋、自転車を買った。高校生でイチから組み上げたロードレーサーは既に手元には無かった。ベルギーで自転車に魅せられて我慢できなくなったのだ。再び乗るロードレーサー。
時代は進んでいた。フレームはカーボン製になっていた。しなやかで乗り心地が良く、それでいて進む。何より軽いのが素晴らしい。
翌年の2006年の春からレースに参戦し始めた。結果は程なく出始めた。25年ぶりのロードレーサーだが、体が覚えていたのかもしれない。
自転車ロードレースは、坂が登れないと話にならない。脚力だけでは登れないのだ。従って軽量であればあるほど有利になる。軽量の私はクライマーだ。身長176cm、58キロが標準体重。レースでは2キロテーパーリングして臨む。
平地はプロトン(集団)の中で脚を温存できる。自転車の抵抗は時速30キロ超すと殆どが空気抵抗だ。ゆえに集団に潜んで機会を待つ。坂道に差し掛かる。出番だ。プロトンをスルスルと前に進みトップへと上がる。
ツール・ド・沖縄にも参戦し始めた。
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自転車の愉しみはレースだけじゃない。
日本縦断も2010年に完遂している。
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日本縦断18日間、これは二度目のチャレンジだった。
最初は2018年。岡山で落車して大腿骨骨折でDNF。
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それからはや10年。時のたつの早いものだ。
時を同じくして10年ぶりの挑戦を開始している人が近くにいた。「世界のサノアツ」だ。トライアスリートの彼とは、家の前の荒川沿いを週末に随分と走った。
時に土曜日100キロ、日曜日に100キロ。連投なのでかなりハードな練習だが、彼はその後、トライアスロンの別のパートの練習に行くという。私が50歳、彼が35歳の時だ。歳には勝てない、とはよく言ったものだ。
「世界のサノアツ」との再会
江戸川区から江東区へ引越したことで、「世界のサノアツ」とご近所さんに成り、荒川で走る機会が増えた。彼はずっと走らずにいたが、昨年から復活した。
一緒に走り始めると、むかしの勘が戻ってきた。
「世界のサノアツ」と話しながら走る。厚底シューズには目を見張る。
こちらも時代が進んだのだ。新しい理論は何でも試してみる。一冊の本を貸してくれた。
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むむ! 「練習は距離じゃない」と言い切っている。Take先生すごいぞ。
私が最盛期に月間2000キロ走ったのは、「距離は裏切らない」という信念があったからだ。それで結果はついてきた。しかし現代のマラソンはそうではない、それでは故障する、そう田中猛雄氏は語っている。
自転車は回転運動。そのうえ体はハンドル、サドル、ペダルの3点で支える。物理的に負荷は3点に分散されるゆえに、足へのダメージも軽くなる。足で走るのとはダメージが全く違う。ゆえに一日300キロという距離が走れるのだ。自分のデータで見ると、同じ仕上がり具合なら、自転車は足で走るより7倍の距離が走れる。
イチから身体を作り直す
その過程で新しいトレーニング理論を構築する。私はエンジニアだ。仮説と実験という実証のプロセスを熟知している。新しいアイテムは自転車の他に、キックスクターを導入する。
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クロストレーニングで、ランの負荷は最低限に抑える戦略だ。従ってランで距離は走らない。負荷をかけるポイント練は、自転車のスピニングを導入する。
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このスピニングは実に辛い。どれだけ追い込めるか、自分との戦いだ。
自転車乗りはマラソンと違って機械を使う。計測の鬼だ。
常に目の前にコンピューターがあり、競技者ならリアルタイムでワット数を表示させ、出力計測しながら走るのが一般的だ。私は3秒ごとの平均W数を見る。心拍計も勿論つける。自転車競技の世界は、人間というエンジンは計測機器で測られ、その数値は冷酷にその時の自分の状態を突き付ける。これが練習中ずっと続く。騙しは効かない。出力ワット数が全てだ。心拍数が悲鳴を上げる。
ゆえに勘に頼る必要は全くない。数値で管理する。エンジニア向きだ。
マラソンの本を読む。ランナーのブログを読む。YouTubeを観る。なんだこれは。心底、驚いた。なんて非科学的なんだ。感覚に頼っている。
マラソンランナーって、なんて非科学的なんだ
自転車競技は次元が違う。感覚を頼りになどしない。疲労度は数値が物語る。数週間に一度の1キロ走、10キロ走などで脚力の仕上がりを測る必要もない。毎日が計測だからだ。踏めば直ぐ分かる。なんて非力なんだと。なんて足らないんだと。その日の体調の良し悪しは、走り出して直ぐ分かる。
今日は行けるぜ。
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さあ、マラソンランナーの諸君、還暦間近の、にわか熟年ランナーがあなたたちに挑戦する。楽しみにしてくれ。このラジオで、私は宣言した。
マラソン会場で、お会いしましょう。
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次回
付録
Quoraで回答:閲覧数150万回の三河屋幾朗:現在進行形
ダブルインカムからシングルインカムへ:2012.11.23
ダブルインカムからシングルインカムへ その2:2013.12.14
快感:社会の鎧を脱ぐ:2014.2.1
シュフ主夫ばんざい:2013.12.17
妻への感謝:2018.7.23
3時ラー なるもの:2012.11.1
英語は40歳を過ぎてから:2018.3.28
日本縦断16日間:2010.6
Mt.富士ヒルクライム:2008.6
全日本マウンテンサイクリング・乗鞍:2008.8
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