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書けん日記:36 あなたがいるから
今回もアウトドアの話題――
といえば聞こえは良いのですが……はい……。また野良農奴の話題です。
快晴だったり雨降りだったりの5月。雰囲気ではまだ春、晩春なれど、野良。田んぼや麦畑の圃場では外気温30度超えもあたりまえの、もはや初夏どころか、夏。
そんな野良での、いろんな出会いなどをつらつらと。
・Meet1 イタリアンライグラス
昔は――三川の辺りでは田植えと言えば6月、梅雨の頃のイメージがありましたが。
昨今は温暖化の影響、灌漑の進歩、品種改良もあって時期も早まり、中部地方では9月の台風連発シーズン前に稲刈り収穫を済ませるため、5月の田植えが一般的に。
そして5月は裏作の小麦の収穫シーズンでもあり、農家、そして私のような書けん日雇い農奴は農繁期のピークに突入、休日無し、雨が降っても作業突貫な日々に追われる。
そして……5月は、草刈り、雑草対策のシーズンでもある。
5月の日差しと気温、雨は、田や畑の作物だけでなく、圃場の畔や土手に生える様々の草たち、いわゆる雑草にとっても恵みのそれ。稲や小麦に負けじと、青々と伸び、茂りまくる。
この雑草を放置すると……見栄えが悪い以上に、病害虫発生の温床になったり、トラクターやハーベスターなどの大型機械をいれる際の障害になったりする。
ゆえに、田植えや麦刈りの前に雑草は刈らねばならない。
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両側に見えるのが収穫前の小麦、そして……中央の青々としているのが、刈らねばならぬ雑草の茂りまくったあぜ道。ここに、刈払機をかついで突入。麦より伸びたこいつらを刈る。
エンジンのパワーで、スチールの刃が高速回転する刈払機を使っても、これらの雑草は……手強い。大きな草だと丈はもはや1メートルを越えて、それが密集している。やみくもにチップソーを振り回しても、刈られた青草が刃に絡んですぐに使い物にならなくなる、しかも刈った草を麦や田んぼ側に落とすのはアウト。
草刈り一つにも、専用の手順やテクニックがある。慣れた農奴の不肖と、刈払機の素人なバイト君では作業速度が5倍ほど違う。……こんなベテランになりとうなかった。
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道路に面した麦畑、そこへ大型農機を降ろすための斜面にも雑草は生えまくる。
このままだと作業に支障をきたす上、古い水路、水抜きの溝がどこにあるか草で見えず、大型の農業機械がハマって擱座、故障してしまう危険があるため草刈りは急務だ。
これくらいの面積なら、農奴一人で、5分ほどで刈らねばならない。
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はい次。 ……こんなベテランになりたくなかったよ……。
この、圃場に生える様々の雑草のうち、一番手強いのが――画像の中で、背が高く、青々と穂を茂らせているイネ科の植物。
その名も「イタリアンライグラス」。
和学名は「ネズミムギ」。
明治時代に、酪農技術とともに日本に持ち込まれた欧州原産の牧草だ。日本でもこのイタリアンライグラスは牧草として重要で、刈って乾燥させたものは干し草として牛が好んでよく食べる。
不肖の昔。酪農の経験を思い出すと、牛たちがもし会話ができたら、イタリアンライグラスが一番うまい、と揃って言うと思われるほどに食いがよく、栄養価も高い。しかもサイレージと呼ばれる、牧草を発酵させた牛の飼料にもしやすいと、利用価値の高い牧草。イタリアンライグラス。
……だが――
これが、牧草地以外、田んぼや他の畑、とくに麦畑に侵入すると最悪の雑草、それどころか害草と化す。いわゆる要注意外来生物としてリストアップされる。
雑草化したイタリアンライグラスの何がやばいかというと……。
まず、その生命力。牧草として育てる場合にはメリットのそれも、雑草になると農業への脅威になる。地下茎の状態からでも繁殖するので、根絶が困難な上に、小さな種が飛び散って瞬く間に一面、イタリアンライグラスに覆われる。
しかも、小麦と同じイネ科植物。繁殖する季節が同じ上に、麦や稲の肥料を吸い取ってどんどん育つ。……故に、上の画像のように土手や畔を覆い尽くす繁殖力を見せるイタリアンライグラス。
しかも、こいつの花粉は花粉症の原因にもなる。
不肖も見事にこいつの花粉にやられ、草刈りの最中はいくら暑くてもマスクを外せない。それでも、しょっちゅうくしゃみが出て作業が中断する。
有益な牧草であるが……人間の利用目的以外の場所では、厄介な害草。
それを分けているのは、人間の都合でしか無いのだが……今年も、灼熱の草刈り業務は、その大半がこのイタリアンライグラスとの戦いとなる。
以前は、刈払い機とチップソーの性能も低く、イタリアンライグラスの刈り取りは困難な農作業であったが――
最近は、同じ2stエンジン23ccの刈払機でも性能と馬力が上がり、チップソーの刃の性能も向上。以前は、水路のコンクリに当てたら刃が欠けて使い物にならなくなっていたが、昨今のチップソーは根性と面構えが違う。3日間使って、刃がすり減って交換する頃合いでも刃こぼれなし。1m超えの、重い青草もばっさり伐採し続ける。最高です。
・Meet2 ムクドリ
ムクドリ。日本全国にいる野鳥で、留鳥。雑食性で果物も食べるため、害鳥カテゴリに入れられる上、狩猟鳥でもあるが……虫を取ってたくさん食べるため、益鳥としての側面も大きいと言われる。これは、稲を食害するスズメたちも同じ。
このムクドリ、あまり人を恐れず……駅裏の街路樹などに、夜間に集まって騒音や糞害の問題を引き起こしたり、古い民家だと雨戸の戸袋に巣を作ったりする。
そんなムクドリであるが――ある日、不肖が草刈りをしていると。
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いた。刈った草の間をちょこまかと。草が刈られて、逃げ場や住み家をなくして逃げ惑う虫たちをついばんでいる。
草刈りしていると、逃げて飛び立つ羽虫などを狙ってツバメたちが周囲で乱舞するのはよく見かけたが……ムクドリが、こんな近くまで来るのは初めてだった。
画像だと、私の撮影の素人ワザマエのせいでわかりにくいが……メッチャ、近くまで来る。ともすれば、振り返ったチップソーの刃で叩いてしまいかねない近くまで来て、虫を漁っている。
「こわくないのか、おまえはー」
などと私が声をかけても、ムクドリは?という顔でこっちを見て。足で草を蹴って、虫を探してついばむ。
しかも、このムクドリの個体。行動と模様から、同じ個体とわかるこの子は……私が草刈りをしていると、どこからともなく現れる。数百メートル離れた場所の草刈りにも、飛んでくる。
そして、翌日も。その次の日も。もう何日も、草刈りのときはこのムクドリが相棒だ。
なるほど、人間を利用する、上手いことを考える。知恵と勇気があるムクドリ、虫食べ放題……などと思って、しばらく草刈りをして……ふと、気づく。
このムクドリ、虫を探し出すとついばんで。その場で食べず、クチバシいっぱいに虫をくわえて何処かに飛んでゆく。なるほど、この季節はムクドリも子育てシーズン。巣では、生まれたばかりのムクドリのひながお腹をすかせて待っている。……だが。
ムクドリは普通、オスとメスのつがいで子育てをし、餌を探すときも夫婦で一緒に飛来し、そして餌をくわえて一緒に巣に戻ることが多い。
だが……この草刈りムクドリ、羽の模様からしてメス?のこの子は、いつも一匹だけ。周囲に他のムクドリの姿はなく、いつもひとりで……刈草の下から虫を探し出し、いっぱいにくわえて巣に飛んでゆく。
……相方はどうしたのか、分かれてしまったのか、それとも何かにやられてこの子が一羽だけ残されてしまった片親なのか――それはわからない。
だが、今日もこのムクドリはやってきて。けたたましい騒音を立てて草をなぎ倒すチップソーにも、それを振り回す農奴の姿にもひるまず。知恵と勇気で、ひとり、子どもたちを立派に養っているようだ。
以前のメスキジもそうだが…… たくましい。駄目おっさんの不肖の頭が下がる。
・Meet3 ノビル
この季節、畔や土手の草を刈っていると――
様々の植物、それらの花や、独特の種をつけたその姿が目に入り……それらを容赦なく、チップソーでなぎ倒す農奴。アダムにかけられた呪いは、極東の農奴相手にも健在。
そんな、草刈りの最中、目に付く植物の一つに……こちら。
ノビル。漢字だと野蒜。野に生える大蒜。
多年草のノビルだが、この季節は草の間から独特のスーッと長い緑の茎と、その先端に花芽、そしてムカゴと呼ばれる繁殖用の塊をつけるので、見つけやすい。
不肖は、草刈り業務の合間に……草を刈らない土手などに、これらのノビルの群生を見つけるとその場をチェックしておく。そして、業務終了後に、その場にいそいそと。
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これらのノビルを、野草、山菜として頂く。
ノビルを選ぶ場合は、掘りやすそうな場所、そして犬の散歩コースになっていない場所を選びつつ。最も原始的な農具、先を尖らせた木の棒で……掘る。欲しいのは、こいつの地下茎。球根の部分。
上手いこと掘り出すと……。
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こんな感じ。あまり細いのだと可食部がなく、あんまりに野太いやつだと食味が悪い。ノビルを掘ったら、土は埋め戻し、そこにノビルの先端にあったムカゴをまいて来年に備える。山菜に限らず、ノビルも取り過ぎはよくない。
そして万が一、ノビルによく似たスイセン科の独創と間違えないよう、掘ったノビルは臭いと形状チェック。ネギ臭いがするかどうかが重要。
そして掘ったノビルを持ち帰り……。
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水洗いして、固い茎を切り、皮むき、根切りをして。……ここまでの下処理がけっこう面倒。だからあんまり取りすぎると、後が大変。これはツクシとかも同じ。
もう、この時点で独特のネギのような、新鮮なニンニクを刻んだときと同じような匂いが香り立つ。
これを、さっと湯がいたら……。
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酢味噌あえも美味しいが……本日は、シンプルに八丁味噌をつけていただきます。
ネギやニンニクに似ているが、そのどちらとも違う独特の香り、そして鮮烈な辛み。この季節の、野趣あふれる味わい。八丁味噌の、パワフルなうま味の中でも失われない、独特の風味。うまい。
こういうときは、普段づかいの安い味噌ではなく、とっておきの赤だし八丁味噌。
草刈り業務の後の体に、味噌のうま味と塩気、そしてノビルの辛みと香りが染み渡る。つい、冷やしてあるジンのボトルを出してきて、酒の肴にしてしまう。
この、草刈りシーズンの風物詩のノビルだが――
どうも、日本固有の植物ではないらしく、はるか古代、縄文時代くらいに中国から日本に持ち込まれた史前帰化植物とされている。
日本の史前帰化植物カテゴリにはヒガンバナがあるが、ノビルももしかすると水稲と同じルート、同じ人々が持ち込んだ植物なのかも知れないし……縄文時代の遺跡から、昔のうっかりお母さんか、あるいはツマミ作っていた呑兵衛のおっさんが(私はこちらの説を推す)、煮ていたノビルを焦げ付かせてしまった土器が発掘されているので、水稲以前に、交易などで持ち込まれていたのかも知れない。
そしてこのノビル、野草ではあるが――実は、完全な自然環境下、ひとの手の入らない野山では生息できない。
ノビルが生えているのは、農地近くの土手や畦道。こういう場所は、農夫の手によって定期的に他の草が刈られ、火をかけられて、晩秋、そして春先には何も無い空き地にされる。
先のヒガンバナもそうだが、ノビルもそういう環境でのみ、一度殺戮された更地から、刃にも火にも無傷だった地中から、他の草に混ざって伸び、成長し、地下茎やムカゴで繁殖する。そして冬を越す。
仮に、人の手が入らない野山だと……様々の草木がが熾烈な生存競争をし、土中の水分と養分、とくに日光を奪い合う環境下だと、ノビルやヒガンバナは埋もれてしまい繁殖できない。
彼らは、人間の手が入ることが前提の野山で繁殖する植物。
そしてその関係は……彼らが、日本にやってきたときから数千年間、続いている。
太古の農夫たちは、石や角だったり、貴重な鉄器の鎌で土手や畔の草を刈り、稲を育て――その傍らでノビルを、副菜、おかずとして楽しみに、そこらに生やしていたのだろうか――。
全身に毒を持つヒガンバナは、モグラやシカなどから田畑を守るバリアであると同時に、非常時には球根からデンプンを集めて救荒食にもできる。というのは現代まで伝えられた知識ではあるが、当時の、大昔の、これを日本に伝えた渡来人の、その故郷で。さらにそこに伝えた、もっと前に見つけた人は、この効果をどの程度見出していたのだろうか――。
数千年前の、野良作業をしていた人々に思いを馳せつつ……。
そんな。野良に出て、ひととのつながりの中でたくましく生きる生き物たちとの、出会い。
あなたがいるから――
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