書けん日記:25 貧乏脱出めし - エスカルゴ
或日。いつもの。
T氏と、欧州を舞台にした作品の設定や資料などの打ち合わせをする中、余談で。
不肖「そういえば私。エスカルゴ食べたこと無いんですよ、エスカルゴ。あれだけ欧州やアメリカを舞台にして、お高いセレブ描写もしているのに。これでは童貞の書くセッ」
T氏「サイゼリヤにあったぞ、たしか。エスカルゴ。打ち合わせもういいから、行ってどうぞ」
不肖「ぶちさみしいのう。奢ってくださいよ」
T氏「おっさんがおっさんに奢られるゼリ屋デートって。地獄か。炎上案件やないか」
不肖「割り勘でも炎上するみたいですよ? ここはひとつ、シカゴとロックウェルの関係性取材ということで」
T氏「きもち↑わる↓い(ボイスロイド風)」
T氏「カネだしてまで。でんでんむし、食うのもなぁ……」
不肖「やめてくださいよその呼びかた。白土三平先生の『カムイ外伝』の中で、数日に渡る死闘の中、竹林の中ででんでんむし(もちろん生)取って食べて戦い抜くというシーンが脳裏を……」
T氏「戦いに勝っても、そのあと死ぬやつ」
T氏「味付けだけエスカルゴと言うかあっち風にして、ちゃんとした貝でやったほうがうまいぞ。きっと」
不肖「そういうもんですかねぇ。味付けって、専用ソースとか―― ……あったー」
T氏「…………」
不肖「…………高えーーー バッバッバ」
T氏「この値段で干し貝柱買ってかじってたほうが、よっぽどうめぇわ。賭けてもいい」
不肖「デリカシーが、ない(ゆっくりボイス)。これだから漁民は――あっ、いかん。また騙されるところだった。うまいまずい高い安い大きい小さいじゃなくて、エスカルゴを体験する、をやりたいんですよ私は」
T氏「しゃーねぇ……ほれ、注文しといたぞ。明日には三河のあばら家につくだろ」
不肖「わあい☆ ……なにげない余計な真実が、書けん作家をきずつけた」
そして――三河の片隅で。
不肖は、いつもの書けん日々の傍ら。ネット通販で配送されてくるエスカルゴを待つあいだ……いきなり、食べたことのない異国の味、異邦の文化を食べてみたくなった火元の本を、再び手に。
なぜ、急にエスカルゴ、かというと。この本で。
人類が、それまではおそらく地上最弱のクソザコ霊長類だった人類の祖先が『料理』という発明――それは科学であり、思想であり、法律であり文化であり。その料理によって、それまで食べられなかった物体をカロリーに出来るようになり、料理のための火、爪と歯に変わる道具、ナイフとフォークのための道具が他の生き物を、そして同胞を殺戮する武器となり……クソザコナメクジは頂点捕食者へとヒエラルキーを駆け上ってゆく――
そんな流れから始まって、古代から綿々と続く料理の歴史を物語る楽しい、脳がビンビン刺激される素敵な本です。
この本の中に、肉食獣や他のサルに追い詰められて海まで追い落とされた人の祖先が、そこで貝を見つけたことで……新たな食文化、そして必要に迫られ『貝の殻を割る』という料理を生み出し、生き延び、生息範囲を広げつつ肉食獣とサルに復讐を遂げる……という歴史の仮説。
その中に、海の貝だけではなくカタツムリも重要な位置を占めていた、という説がありまして。
なるほど。
カタツムリなら、海に入らなくてもつかまえられますし殻も脆弱で、やもすればヒトの歯だけでばいばりむしゃむしゃいける。そんなクソザコカタツムリくんが、クソ雑魚霊長類の命脈を繋いでくれたのかもしれないというお話し。
……ふむふむ。やはりここは体験しておかねば。
そして『食べる人類史』のほかにも、敬愛する開高健先生の。
この中の、若き日の先生がフランスはパリに。ずっと憧れていた花の都に旅行し。そして……観光地めぐりなどせず、パリの下町の下宿に沈没して。そこで昼まで寝て、目覚めてふらふら街に出て。そこでクロワッサンとカフェオレをキメて。そうしてぶらぶら散策、目についたキャフェで風船玉グラスでボルドォの赤など飲みつつ、つまみで頼むは『エスカルゴ』。
テーブルに運ばれてきて、にんにくとバターの香りが胃袋を捻るそれを突きながら、飲む。こっちでは大人はみんな、昼から飲んでいる。道路の工事のおっさんたちも、ツルハシの横に酒瓶が置いてある。
そんな描写を、もう何度読み返したかわからないそれを、憧憬と期待の中で、読み。
ほかにも。カタツムリつながりで、本棚から引っ張り出した本をつらつらと。
かくして、エスカルゴ浴で欲を高めながら――数日後。
クール宅急便で、不肖の自宅に届いたのですよ。エスカルゴ。
不肖「キマシタワー。ありがとうございます、予想よりもでかいですね、これ」
T氏「大物のでんでんむし、だな。殻の中に、身とソースが詰めてあるやつか。誤字脱字に気をつけて食えよ」
不肖「このアルミのトレイごと、オーブンで焼けばいいようですね。デュフフ、このために。ふだん家では飲まないような白ワインも買ってきまして。パンも」
パッケージの裏面を見ると、そこに。
輸入品・from・おフランス もう、これだけでにっこり。開高先生、いまそちらにお邪魔します。
そして……。
パッケージから出したエスカルゴを、予熱しておいたオーブンに入れて。
待つこと数十分。こうして……。
出来ました。デュフフ。もうね、これがですね。
焼いているうちから、オーブンから漂う香りがですね、もうおフランス。台所がパリのキャフェに。エスカルゴのパッケージにあった、ガーリック、バター、シャロット。これらのマリアージュした香りが、もう異国文化。胃の腑を捻るとはこのことかー、と。なりまして。
……家にはワイングラスがなかった、以前に洗いそこねて全損したのを思い出し。しょうがないので普通のコップに白を注いで……エスカルゴ、いただきます。
まずは……殻の中で、焼けたバターソースがふつふつと煮えるその熱さに気をつけながら、ひとつ。中身から、バターの泉から、エスカルゴを…………。を……。……を? おおお?
――こりゃ黒い。
てっきり、エスカルゴの身は貝みたいなものだと……つぶ貝やサザエのそれを、乳白色の身の色を想像していた私に突きつけられる現実。
真っ黒な、イカスミパスタも「おまえもやるじゃねえか」といい顔しそうなくらい、真っ黒なエスカルゴの身が、緑色のソースから ずるり と。……ちょっと、エスカルゴ童貞には刺激が強すぎませんかね、コレ。
……エスカルゴは料理すると黒くなる、と本の知識では知っていても――口に運ぶのに、ちょっと勇気のいる黒さ。されど、立ち上る香りは絶品で……恐る恐る、舌の上に。
…………。うん。うまい。おいしいよ、これ。
うまい。焦げることまで計算された、エメラルド色のバターソース。ガーリック、パセリ、シャロットの香りがそこに絡み、かすかな香辛料がそれを引き立て……舌の上で踊る。こんな美味しいソース、初めてです……。
…………はい。
エスカルゴ自体は、不肖は色と同じく、巻き貝系の味を想像しておりましたら――
口の中、咀嚼でしみ出すその味は。……貝のそれ、というよりは。
……うん、タコだこれ。冷食のタコ。
失望ではなく、意外さの連続に驚嘆しつつ、1つめを食べて。殻の中のソースを、パンに塗ったくって食し……うまい。
数十年、流浪の生活でいろいろ食べてきたつもりの不肖でも、初めて体験する味覚、美味。何だこのソース。これがおフランス野郎の料理力、連中の鼻が高いのもヤムナシ。
美味しくって、ソース付けたパン食べるだけで
ウェエヘッヘッヘェ と、『ポンコツクエスト』のカクくんのような笑みが出る。
――ふう、と。エスカルゴ初体験の口に、白ワイン。うまい。
そうして、おもむろに2つ目を。フォークで、殻の中のバターを……。を……。お……? おおおォン?
……ねえ。無い、無い。ありません。
殻の中に、ソースしか入ってねえ。
イヤイヤ、いくらソースが美味いとってもこれは話が見えねえやつ。私は、前世が焼き鳥の竹串を洗っといたやつで、殻の中身を、サザエの壺抜きをする如く探って……探って……やっぱり、無い。
――まさか。と。
不肖は、2つ目、3つ目のエスカルゴの殻の内側を竹串で探って…………。て……。
……おのれムッシュウ。おフランス野郎。
6個のエスカルゴのうち、身が入っていたのは3つだけ。あとはソースが詰まっていただけ。しかも最初の、ケースの真ん中にあった一個以外は、身が小さい(謎の親近感)。
「ええええええ。ありかよう、これえ」
などと、三河のあばら家の寒気の中、一人、地球の裏側にどくづき。
まあ、おフランスがジャポンにまともなものを食わせてくれるはずもなく(フランスに対する極度の不信感)。
しかし。されど。それでも……。
このソースの香り、美味さには抵抗できず――
パンにつけたソースで、それなりに満足してしまった不肖の、夜。
かくして――ここで、遣わせて頂かなくてはなんとする、と。
こちらのnoteで、皆様に頂きました売上、サポートのおかねをにぎりしめ。
近所のサイゼリヤ行ったんです。サイゼリヤ。
そこで、夕食もかねてピザとかも頼みつつ……注文の紙に、書きましたよ。
『エスカルゴ』そして、「ここはイタリアンだぜ?」と気高く踊るセットメニューのフォッカッチャ。
ひさしぶりのドリンクバーのエスプレッソに「うまし、珈琲うまし」とやっているうちに……きたきた、きましたよ。
……おおお。これが、サイゼリヤのエスカルゴ。頂きます。
……うん。うむ、うん。うむうむ。
テーブルに運ばれてきた時から、私の鼻、そして胃袋を「ハッ」とさせた香り。
にんにく風味のオリーブ油の中で、香り付けの野菜とともに煮られたエスカルゴ。
うん、これこれ。
――どちらかというと、イタリアには評価が甘い、イタリアびいきの不肖。前夜のおフランスエスカルゴとの評価で、判官びいき、もとい、えこひいきにならぬよう、公平に判断せねば……と、まず、ひとつ。
うむ。うまい。いや、こっちも美味しいです、うん。
おフランスのバターソースも見事だったが、この。実家のような安心感、にんにくオリーブオイルが、もう。コレに付けてまずいものなど、この世に存在するのかしら? と脳裏で潘恵子さんのお声が再生されるくらいの、うまさ。
……身は。エスカルゴは、こっちもやっぱり腰が引ける黒さで。
それを口に運ぶと、うん、これ冷凍のタコだ。となる食感、味。
されど……こっちも、ソースが美味しい。野菜がとろけたソースを、フォッカチャに乗せるだけで無限に食えそうな気がしてくる、そんな美味しさ。
……。んっ? んっ、ん? んんん?
もしや――エスカルゴ、それ自体ではなく、ソースが美味いだけなのでは??
……と、膨れた腹の底から湧き上がる、疑惑。
――おフランスもイタ公も同じよ。
と。アニメ『サザエさん』の花沢さんの声が脳のどこかで、帰路をとぼとぼ歩く私に笑いかけて……いた。
T氏「ゼリ屋のは自腹で食ってきたか。えらいぞ」
不肖「有料記事書きましたからね、はっはっは。皆様から戴いた御慈悲がありがたく身にしみます」
T氏「お、作家先生っぽい。いいぞ、その調子だ。んで、SSなんぼ売れた?」
不肖「こんくらいです。ですからサイゼリヤの外食程度、なんのこれしき。はっはっは」
T氏「ほぉん。なら、こっからnoteの手数料引かれて――」
不肖「アッ アッアッアッ」
T氏「テキスト量は――35KBちょいか。原稿料換算すると……いつもの2~3割ってトコかな。手取り。おつ」
不肖「ゥウエッ?」
T氏「その稼ぎをパっと使っちまった、ってわけだ。調子乗って。インボイス制度の確定申告頑張れよ」
不肖「パットサイゼリヤァー!パットサイゼリヤアアアァーーィ!」
T氏「そいじゃ、京都の方角の窓開けて。身を乗り出して。さん、はい」
不肖「陰陽師SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」