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書けん日記:37 晴耕雨書1

雨。私の住む三河、中部地方も梅雨入りして、連日の雨に。
百姓殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい――
というやつでありますが、ようやく、一時とはいえ命の危険があるレベルの酷暑と陽射し、一発労災な重機が徘徊する現場から解放された農奴こと、不肖菅沼。

かの宮沢賢治先生の「雨ニモマケズ」を再読し、なかなかそういう人物にはなれないものだなあ、とか。

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ

宮沢賢治「雨ニモマケズ」

を読んで……ああ、宮沢せんせー。インテリのお坊ちゃんでしたね。その食事量、百姓じゃないっすね。などと、内燃機関のない当時の農民の暮らし、農奴堕ちした自分の食事を思い起こしつつ感じ入ってみたり。

雨。
晴れの日に灼熱の農場で耕したのなら、雨の日は書を手に。新しい本、何度も読んだ本を紐解いてですね、まさに晴耕雨読――

…………寝てしまいました テテーン朝日の効果音

体力を削られ、体の節々が壊れて痛むせいか。本を開き、ページをめくっていると……いつも以上に、睡眠効果が高い。一冊どころか、一節を読む前に寝落ちしてしまい……。

そして、雨。
こうして、画面に向かって書く。よくいう「晴耕雨書」に勤しんでみる菅沼です。
立志伝こと「ものかきものがたり」を進めてみたり。
三河の昔話、私の体験をつづった「三河もん昔話」の新作をしたためたり。
こちらで皆様に読んで頂くためのSSの用意を進めたり。
この雨、そして私の書くものが、皆様のうるおいに、歓びの一端にでもなればと。

…………書けん。

というわけで。やさしく降る雨をながめつつ、最近の農奴の有り様などをつらつらと……。


サツマイモ

サツマイモの収穫にまつわるアレコレを書いたのは、もう昨年ですね。早いものです。
今年は、その前段階。サツマイモの植え付けにも徴用されておりまして。
現場の圃場は、すでに耕起され、畝が作られ。そして人類の英知、マルチシートがそこに。しかもポリエチレン製ではなく、現代科学の粋、生分解フィルム製のシートが用いられています。この生分解シートがどれほどありがたいかは、後のジャガイモ作業で明らかに――

農機でマルチシートが張られた畝 機械化バンザイ

さて。
サツマイモの植え付けは、用意された苗(種芋から伸びた茎)を地面に刺すことで行われる。世の中には「イモの苗植え付け機械」があるようなのだが……農奴は、もちろん手植え。
専用の植え付け棒を使って、マルチシートに一定間隔で刻印された植え付け位置を目印にして、そこに。シートに穴を開け、中の畝の土に苗を差す。これだけ。
これだけ……なのだが。
この植え付け、苗の茎を土に差す深さ、角度は極めて重要で。垂直ではダメ、もちろん浅すぎても駄目。斜め45度の角度で、いい深さで土に刺さるよう慎重に、しかし手早く植え付けねばならない。
なぜならば。こちらの、サツマイモの苗を見ていただきたい。

「べにはるか」の苗

葉っぱが伸びている、茎の節の部分。植え付けられた苗が土に活着し、根を伸ばしてサツマイモとして育つ際、かんじんの根茎(芋)がつくための根は、この葉っぱが出ている節からのみ発生する。
植え付けが垂直、深すぎると、根の成長が遅れて芋が小さくなってしまい、浅すぎると、根がはびこるばかりで根塊がつかなくなってしまう。
この苗の差し方一つで、サツマイモの出来具合、数や大きさが決まってしまうと言っても過言ではなく。
斜め45度、畝の土の固さによっては若干、浅くして。
なお、土に差された茎が土中で船底型に湾曲するのが理想とされる。
この苗の植え付け、差しがおろそかだったり失敗していたりすると、秋の収穫時に結果となってモロに現れてしまうくらいの、重要技術。
昔、日本にサツマイモが普及した江戸時代にならば、この植え付けの差し方、その角度は秘伝とされて――暴れん坊将軍配下の青木昆陽先生率いる御庭番部隊と、薩摩藩の精鋭がその秘伝を巡って死屍累々、血風白刃の激闘を……と閑話が脳をよぎるほど。

灼熱の日差し 植え付けてから数分で萎れだす苗

そして、中腰、しゃがみながらの。初老にはきつい植え付け作業が終わると……ここで一息、とはならない。
灼熱の陽射しの下、植え付けられた苗、まだ根が出ていないただの茎は、みるみる陽光で炙られしぼんでしまう。これを活着させるためには……すぐに、灌水。水やりをしなくてはならない。
昔は桶と柄杓でやっていた作業。それが、じょうろになり、現在は……。

農奴の腰を守るため、軽トラの荷台で噴霧器を背負う

こちら。
農薬を散布する噴霧器を、マルチシートの内部にも灌水できるように改造した機械を使って、水やりをしてゆく。
農場にある水栓から、この噴霧器のタンクに水を入れ、エンジン始動。10kgの噴霧器に20リットルの水タンク。計30kgの重量を背負い、畝の間を行き来して苗にたっぷり水をやる。
……昔は、40kgあるキスリングを背負って山を登れたのに――体が鈍った、歳は食いたくねえ、などと思いつつ水やり重労働をしていると。
別の畑で農作業をしていたご老人が、へたばって休憩していた私に世間話、昔話を。

老人「いまは、ええ道具があって楽だねえ」
不肖「そっすねー……」
老人「水もさあ、そこの栓ひねればいっくらでも出る。夢みてえだろ」
不肖「そっすね」
老人「昔はさあ。ここらで芋作ってても。水がさあ。用水の水は、米百姓が絶対に使わせてくれねえもんだから、わしら天秤棒担いでさあ。そこの土手越えて矢作川まで行って、桶に川の水汲んできてたんよ」
不肖「……そりゃきっついすね。ここから川まで四町約400メートルはあるですやん」
老人「きつうないで。その水汲みの間は、わしら、他の仕事せんでええんで楽やった。桶担いで歩くだけでええもん。備中(鍬)で米百姓の田んぼ、荒起しさせられっと夜には血の小便出るけえ。……耕運機がうち来たときは、嬉しかったなあ」
不肖「…………」

私の農奴仕事、労苦などは内燃機関と化学、9時5時ありきの、のどかな農場ぐらしレベルでしたぁあああッ。……宮沢賢治先生ごめんなさい。


ジャガイモ

不肖めが、ここ最近。早朝、農場に出て、夕方、家に戻ってめしを食ったら気絶するように寝るしかない。そんな日々を続ける羽目になった、最大の重労働がこちら。ジャガイモ掘り。
サツマイモの折にベテランの農夫から「ジャガイモはもっときついで」と聞かされていたが、ついにそのあぎとでこの不肖を捉え――。

炎天下のジャガイモ畑 作業開始

今年は、5月の雨が多かったせいでジャガイモは根塊が成熟しても、上の茎葉がなかなか枯れずに残っていて……作業の困難、遅滞が予想されていた。

ジャガイモ収穫機 機械化バンザイ

本来であれば、トラクターに接続された専用の機械で畝ごと掘り起こしてゆくのだが……枯れずに残っている茎葉が機械に絡みつき、東部戦線のタイガー戦車のように身動きできなくしてしまう。

ここで「じゃあ、茎が枯れるまでジャガイモ掘りは延期で」とはならない。
雨が降るまでに、梅雨入りする前に、ジャガイモは掘り起こし、収穫せねばならない。ジャガイモの根、芋は水気に弱い。梅雨の雨にさらされたジャガイモは、数日で腐ってしまう上に、雨で濡れて泥濘と化した畑から芋を掘り起こすのは、さらなる苦行となる。
やらねばならない。
こうして農奴は、予定外の作業に駆り出される。

不肖は、愛用のマイ鎌。足助の鍛冶屋で鍛造された鋼刃の鎌を片手に、腰のベルトには砥石と研ぎ水のボトルを下げて、ジャガイモの畝にむかう。

まず、鎌でジャガイモの茎を刈り取る。マルチシートや土から露出している部分を刈り、機械のじゃまにならない場所に置いてゆく。
生い茂るじゃがいもの茎葉はひどく強靭で、そのうえ土がこびりついている。ホームセンターで買えるような安物では、すぐ使い物にならなくなるので、鋼の鎌を使う。たまに砥石で刃を研ぐときが、休憩時間。

朝の8時で気温はすでに30度超え。灼熱の日差しの下、中腰で畝の間を這い回る作業。
無限に続く長さに思える、ジャガイモの畝の上を進み、刈り取り、進み――。

軽作業(重機を使わないという意味)です

今度は、ジャガイモの畝を包んで守っていたポリエチレンの黒いマルチシート。
これまでは、雑草を抑制し、地温と土壌の水分を適切に保つという大活躍をしていたそのポリエチレンのシートだが……収穫の際は、それをじゃまにならないよう取り除かねばならない。
鍬で畝を掘り起こし、マルチシートを引き剥がしてゆく。土と雑草が乗って重くなったポリエチレンのシートを、破らないよう慎重に、だがかなりの力で畝から引き剥がし、丸めてゆく。
生分解シートであれば、この重労働が不要になるのだが、残念。ここはポリエチレン。
事前に聞いていた「軽作業」は、決して「軽くて楽な作業ではない」と、無言の叫びを上げながら、軽作業重労働を続け、そして――。

誰でも出来る簡単な軽作業です(続けられるとは言ってない)

露出したジャガイモの畝、その圃場にトラクターが進入。文明のパワーを持ってジャガイモを掘り起こす。
ようやく来たる、収穫のとき。豊穣の歓び。

……には、まだ早い。
これらの、掘り起こされたジャガイモをこの場で選別、箱詰めし、トラックまで運び、積み込む。
北海道とかの大手のジャガイモ農場であれば、掘り起こしから収穫、そしてベルトコンベアーを使った選別まではほぼ機械化されているだろうが――それでも、かなりの大変な作業であることは、荒川弘先生の「百姓貴族」でも語られているとおり。

いやぁ、いいですねぇ、機械。
はい。三河の農奴は、人力で作業します……(´・ω...:. スゥー

掘り起こされたジャガイモは、大小、傷入り、歪み、そして虫食いや腐敗が入り交じる。これらを現場で選別し、それぞれ箱に入れていかねばならない。
出来の良い芋がごろごろと並んでいるうちはまだいいが、軟腐病にやられた芋があると、その独特の悪臭に耐えつつそれを排除。これが万が一、ほかの芋に紛れて箱に入ってしまうと、保存のあいだに周囲の芋が腐敗し、全滅してしまう。
さらに、虫に食われた芋、ネズミにやられた芋が交じる……。

T氏「これが今日の農奴の取り分か」 不肖「ひどい」

こうして、茎切り、マルチ剥がし、芋の分別と箱詰め、積み込みを延々続けていると――ディストピアもののコミックでたまによくある描写、強制収容所の農園で働かされて死んでゆく人々の描写が、どうしても脳裏によぎる……そんな、ジャガイモ掘り。
これを、いくつもあるジャガイモ畑で朝から夕方まで。ほぼ2週間、みつしり。

うん。はい。
サツマイモも掘りは、まだぬるかったです…………。

次回、死の陥穽が不肖の背後に迫る――


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