駅、または線路。~大学生活1日目~
「何か運命に飲み込まれて生きている気がする」そんな感覚が、小さな頃からつきまとう人生だった。日常の中で突然既視感に見舞われる。
他愛のない日常ばかりではなく、中1の時部活の全国大会前日に寝坊したときも、中3で鬱病を発症し引きこもったときも、自分の受験番号がない志望大学のホームページを見たときも、「そうなる気はしていたな」と、2回目の映画を見ているような"他人事感"は常にあった。
そんなわけで、心の真ん中に虚無が広がっているような感覚を抱きながら生きている。つまらない人生だ。
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大学へ行く日が来た。
前述の通り、僕は入試に落ちているので第一志望ではないけれど、それでも後期試験で希望の学部に拾ってもらえた。
今なお、ほとんどのコマがオンライン授業なのにもかかわらず、1コマだけ先んじて対面授業を解禁した。諸事情(ゴ〇ブリの大量発生)があって実家に帰っていた僕としては甚だ迷惑な話だが(どうせなら全部解禁してくれ)、単位のためには仕方がない。特急に乗って北上し、日帰りで受けに行くことにした。
車内では『愛の不時着』を見ていた。すぐに着いた。
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駅はとにかく暑く、日差しが眩しかった。
この駅舎は凝った造りをしていて、とにかく骨組みが多い。少し見上げると視線が迷子になりそうなものだが、幾何学的に計算されているからか、惑わせるというより寧ろ安心感を与えてくれた。
バスが来る前にバス用のICカードを購入し、3000円チャージした。その後構内の書店でメモ帳とボールペンを買い、バスターミナルの列に並ぶ。
列の横を、いろんな人が往来している。見知らぬ人たちを、何度か知り合いに空目してしまったのは、やはり知らない街への不安感からだろうか。
定刻に通りにバスが来た。車内は窓が開いていたにも関わらず、寒かった。
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車内からは色々なものが見えた。
母、姉、弟の順で列を組んで進む3台の自転車。現代風の街並みに突然現れるデカい寺。現代芸術のオブジェ。デパートの壁面テレビいっぱいに映る、高須クリニックの広告。
建物があり、人がいて、日常があった。
「暁町」「桜町」「旭町」。ヤケに演技を担いだ町名の並んだ路線図を辿って、目的のバス停に着いた。
...と思ったら思いの外アパートから遠い場所で降ろされた。どうやら僕の目指していたバス停は別のバス会社のものだったようだ。
そんなわけで、炎天下をトボトボ歩く。クソ暑い。
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部屋は前にバルサンを焚いたときのまま、空っぽだった。空っぽの空間に支払われ続けた家賃に思いを馳せながら、駆除業者のおっちゃんが残した足跡がないか点検する。(一個だけ残ってた。面倒なので苦情はいれないが。)
確認したら家の近くのバス停から大学への路線はもう残っていなかったので、途中まで自転車で行った。バスなしで行ける距離ではあるが、大学前の長い坂を炎天下の中で登るのは流石に躊躇われた。(自転車はイオンの片隅に失敬して置いておいた。2時間ほどだし、ゆるしてくれよと心中で詫びながら)
イオンのマックで昼食をとる。感染防止用の衝立が、店員のおばさんの耳をますます遠くしていた。
超満員のバスで坂を登り、大学に着いた。
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教室には知らない人同士が集っていて、効きすぎた冷房と相まって異様な緊張感が漂っていた。
席に着いたとき、日常用のカバンが無いのに気づく。大方例のマックに忘れたのだろう。忘れ物や失くし物は茶飯事だが、通帳が入っていたはずなので気が気でない。
僕たち互いを知らない人々を呼び出した張本人は最後に入室してきた。肩の力が抜けきった、ユルい雰囲気の女性だった。僕はそれまでこの人について名前しか知らなかったが、大学教員ということで厳格な女性だと思っていただけに少し拍子抜けした。
授業はつつがなく進行し、終わった。僕がカバンを失くして焦っていたことと、先生が時計を忘れてきたこと以外は何のトラブルもなかった。
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急いでマックに戻り、例のおばさんに問い合わせるが、落し物は無かったらしい。おばさんに礼を言い、もしやとアパートに帰ったら案の定そこにあった。持ち出してすらいなかった。そういうことがままある。そういう星まわりに生まれてしまったのだろう。
用は済んだが、これだけで帰るのは味気ない。中学時代の友人が同じ大学に入学したらしく、こっちに住んでいるはずなので、LINEで夕飯に誘った。
返信を待つ間、高校の友人同士で集まっているTwitterのDMグループに、その中の1人がレポートの添削を求めてきたので他の全員で意見を出し合って添削した。けちょんけちょんに批判される友人を見ていると気の毒になった(最も、主犯は僕なんだけど)が、こういう切磋琢磨し合える友達はありがたい関係だと思う。
丁度添削が終わったころ、件の友人からLINEが来た。
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その友人(仮にKと呼ぶ)は中学3年間同じ陸上部で共に長距離走を走り続けた仲だ。僕が鬱病になった時、心配して家に来てくれた。言いたいことをはっきり言える、精神が自立した奴で、僕よりも偏差値の低い高校で留学を経験しつつ同じ大学へ来た努力家だ。いつの間にか追いつかれてしまった。いや、元々僕はKの後ろを走っていたんだろう。僕は何もできない人間だ。
適当な店を求めて、2人で歩く。他愛のない話が楽しかった。近況や、中学時代のこと。将来のこと。免許はとったのか、新しく友達はできたのか。
Kは新しく出来た友達とバイトに通い、卒業後は公務員を目指しているらしい。免許も仮免までとったとか。僕は新しい友達もいなければ、バイトもしていないし友達もつくっていない。将来設計などまるでない。Kはしっかりした奴で、対して僕はロクでなしだ。いつの間にか差は酷く広くなっていた。隣で歩いている堂々としたKを、僕は羨んでいた。
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適当な店は見つからなかった。お酒の飲めない未成年2人にとって、居酒屋は選択肢に入らない。「まぁ、ここで妥協しようか」ということで、丸亀製麺に入る。僕はさっさとかけうどん(大)を頼み、イカ天とサツマイモ天を皿に取ったが、Kはまだ注文を迷っていた。こういうところでKは優柔不断なんだよな。結局とろろうどんを頼んでいた。
他愛のない会話の続きをしながら麺を啜る。修学旅行の行き先がどうだったとか、どの講義が大変だとか、CiNiiよりもGoogle Scholarが使いやすいだとか、そんな程度の話題だったが、気心知れた間柄なので楽しい。
多分互いにタイミングを計りあっていたんだと思う。同時に食べ終わって店を出た。僕は実家へ帰るので駅に向かい、Kはアパートの方へ戻る。
トボトボ歩いていると、車道を挟んで対岸から手を振ってくれた。いい奴だ。
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駅までの道に、大きめの古書店があった。その店構えを見たとき、冒頭に触れた既視感が、それも猛烈な既視感が襲ってきた。記憶にはないが、確かにここに来たことがある。営業時間外のようだったので入ることはできなかったが、外観で分かった。
こういうとき、僕は運命的な魅力を感じるわけでもなく、同じところをグルグル周回しているような徒労感に襲われる。あるいは僕の人生が無限ループでなかったとしても、この先にはロクなものがないのだろうなと予感する。
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少し先へ行くと東横インが見えた。受験のときに利用した宿だ。
「なんで俺はこんなところに来てしまったんだ」そう思いながらの受験だったことを思い出し、輪をかけて虚無感に苛まれた。
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駅前の門が見えたころ、母から着信があった。
出てすぐに遅れた帰宅を詫びたが、母はそれを無視して「ドラックストア近くにある?」と聞いてきた。うがい薬を買うように言ってきたので、どうせまたネットか何かの情報を鵜呑みにしたのだろうと諭したら、案の定だった。後になってソースが大阪府知事だったことを知ったときは、流石に面食らったが…。
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駅の構内に入る。6時を過ぎていて、陽は大分傾いていた。
「ヤケに暑い日だったな」そう思いながら駅舎を見上げる。
多すぎるほどに多い駅の骨組みは、僕を見下ろすように、冷たく茂っていた。