天空の標 第四十八話
第十五章 火焔(三)
暁色の中に真南の水平線を浮かび上がらせた薄明は、刻一刻と王都の空を浸食していった。濃藍の空に紅が混じりゆくさまは、禍々しくも美しい。抗い難く目を奪う妖しい魅力に、城内の人間はこれまで感じたことのない恐怖に襲われた。
王の一喝にいち早く行動を起こしたのは、下級官吏たちである。大臣が床に倒れ、琥珀色の髪の男が近衛師団長の前に屈したのを目にしながらのこの惨禍だ。中核だった二人が制されて叛意喪失し、峻厳たる国王の一言でより優先すべき事柄に目が醒めた——彼らにも王都に守るべき家族がいるのだ。
首尾よく指示を出すテハイザ王と近衛師団長の指揮に従い、王城の隅々まで災禍を知らせ、先の乱闘で負傷した者を敵味方の別なく城外へ運び出す。官吏の一部は王都の住人を退避させるために城から駆け出し、怯える女子供や老人の気を鎮めて丘の上へ避難させる。
宮仕えの者のほとんどが城をあとにする中、テハイザ王は天球儀の部屋へ戻っていた。
白夜の空に向かって立ち昇る火柱は、日が変わる時刻近くになってなお勢いを緩めず、苛烈な炎が室内を煌々と照らし、大理石の床に天球儀の濃い影が出来る。
——陽の光、消えても案ずることなかれ。己の目のまやかしに惑うなかれ。其はけして滅することなし。失ったと思うは瞳の見せる偽りなり——
子供の頃に読んだ『古伝万象譚』の一節が、記憶の底から蘇る。
天から海面を照らす太陽は水平線に沈み、次の朝を告げるまで自分たちの視界からその姿を消す。しかし常ならば、沈んだ太陽の代わりに水面が夜闇の中で輝き、再び空が暁に染まり始めるまで、船底よりも下、海の奥から、水上に光の標を描き出す。
「……陽は沈んでも無くならず。姿は見えどもそこにあり……
周り巡って現れる。単にひととき離れるのみ……」
背後でクルックスが誰に言うともなく呟く。テハイザに古くから伝わる船乗りたちの歌だ。
——この意味はまさか……沈んだと我々が思っている太陽は、夜半は地の裏を巡るとでも……? その光が、海の底深くから水面を照らしていたのか?
天空の日輪と入れ替わりに足元に現れる海の光がいまは途絶えた。そしてまさにその場所から太陽と同じ色の炎が上空へ燃え上がり、陽が沈んだ海の際からは、紅蓮の光明が広がっている。
——この白夜は、太陽が辿る道を惑った結果だとでもいうのか……
隣国の王子は、神器が何らかの役に立つと言った。光の粉を撒き散らす業火を碧眼に映しながら、王は細く冷たい石の宝を握りしめた。
***
その部屋に踏み入れると、廊下よりいっそう冷えた空気が頬を撫でた。中は一面、石壁に覆われた鍾乳洞に似た空間であり、入ってすぐのところに桟橋がある。桟橋の先は水が部屋いっぱいに満ち、壁に取り付けられた蝋燭の小さな火が青く透ける硝子越しに水面を淡く照らし出している。
薄明かりの中で、カエルムは奥の壁を見ようと目を凝らした。最奥には年月を経て角の取れた石棚が見え、その石の一部に小さな裂け目がある。そこから周辺の壁とはわずかに色が異なる細い筋が、水面へと下がっている。
シューザリエ大河が源と言われる地下水が、絶えず流れ出でて石の上に作り出した筋だ。しかしいまは、何も流れてはいない。
連綿たる時を途絶えることなく刻む鐘楼の時計が止まり、一様に流れていた水流が途切れた。
刻一刻と変わる星辰の位置を示す天球儀が回転を止め、陽が昼と夜の入れ替わりを忘れて行き場を失くしたように、暁色の光が天を染めている。
太陽が巡る軌道を誤り、水流が目指す先を見失って迷ったか。
カエルムは懐から碧玉と桜珊瑚の留め具を取り出し、手のひらに載せて見つめた。
***
天の動きを表す標と、時の動きを示す標。存在していたどちらの標もその動きを止めたいま、絶えず動き続ける天空と水流も常に在るべき姿を失くした。
時空の両方に、歪みが生じている。
テハイザ王は火の輪に囲まれた水面を見つめた。眼下の円は炎を映し出すはずなのに、引きずり込まれそうな漆黒の闇を湛えたままである。
天球儀の方を返り見る。密やかに佇む巨大な球の上で、文字盤に刻まれた四方の名が、炎に照らされ浮かび上がっているような錯覚を起こす。
「……陽は海の際より出でて、月の訪れに従い、海の中へ沈みゆく。星の道筋を辿り、王、海に天の十字を尋ぬ……」
言い伝えにある言葉を、一つ一つ噛み締める。
この地に渡った自分たちの祖が、この場所で尋ねた南十字星の位置は、彼らが大海の上で尋ねた方向と、果たして同じだったのだろうか。ひとたび大洋に向けて帆を張り、波の上に乗り出したとき、海の南端だと思って見ている水平線まで行ってしまったとき、今度はどこが、南になるのだろう。
王は手を開き、握り締めていた神器を凄絶たる炎の前に掲げる。
時間と空間、自分たちを取り込んで巡るその二つ秩序が「在る」と思っているのは、所詮は人の頭の中のことでしかない。それでもどちらもやはり確実にそこに「在る」のだ。時は刻まれ、四方が一定だというのは、絶えることなく続く極めて確かな理であると同時に、その動きはけして触ることの出来ない、概念上のこの上なく不確かな法則だ。
人の手の及ばぬその秩序を、自らが身を置く世界の掟として、胸の脈動と地につく足のよすがに定めたのは、自分たち人間に他ならない。命すらどこへいくか解らずこの空間に身を置く自分たちは、時空の標に頼らずして、自己を現し身のものと信じることは出来ないのだ。
代々受け継がれてきた神器。四方を示す性質を持った国の宝。
古の王は海からこの地に降り立ち、国の宝をもって海に訊ねた。それは何だったか。
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