筆箱の中には虹
「筆箱って時代錯誤だよね、から物語を書き始めようと思うんだ」
「誰も筆なんて使っていないじゃないか、という話?」
「そう」
「おもしろいとは思えないけど」
「物語の主題はロマンスなんだ」
「筆箱にはロマンスが詰まっているとでも言うのかい」
「若者は、ロマンスに恋をしている、ということをアンチテーゼとしたいんだ」
「何に対する?」
「まだそこは決まっていない」
「は?」
「ただ、若者は正しく恋をしていない。目が合ったとか、偶然同じものが好きだったとか、そういったロマンスそのものに恋をしているだけである、と主張したい」
「対立するものが決まっていないのに、アンチテーゼを書き始めるのはめちゃくちゃじゃないか。それに、恋をすることに正しさは必要ないと思う」
「僕も、そう思うよ」
「じゃあ、」
「ロマンスに恋しているだけだからなんだというんだ。論理化できる正解の恋があるなら、恋には輪郭がはっきりとした形があるはずだ。それがないんだから、答えなんてない、曖昧なものなんだろ」
「結局、断定してしまっているから、答えがないことを正解としてしまっているようにも聞こえるけど」
「そうだね」
「いずれにしても、だからなんなんだという話だね」
「だからどう、ということは何もない」
「どうしようもないね、君は」
「だからだよ」
「だから」
「君が泣いているから」
「うん」
「僕がどうしようもない話をしている時、君は笑うだろ。だから理由がどうであれ、その涙に虹をかけようと思ったんだ」
「きっとそれは笑顔に見えるって?」
「そうだよ」
「両目それぞれの前に虹なんかできたら、邪魔でしかない」
「やってみなきゃわからない」
「まあいいけど。じゃあ君はその話は、適当に思いついたことを言っただけで、本当に書く気はないのかい」
「書くよ。君が笑うなら」
「それは読んでみないとわからない」
「そうだね。じゃあ書くよ」
パカッ。
「そういえば、君が使っているそれはなんだい」
「これは筆箱だ」
「時代錯誤だ。ん、何か紙が入っているようだけど」
「ああ、これは、君が僕のどうしようもない話で笑ってくれなかった場合に、切り札として読もうと思っていたラブレターだ」
「まさか本当に、筆箱にロマンスを詰めていたとはね」
「今どき、手紙も時代錯誤だろうか」
「いいや、手紙の価値はむしろ高まっているよ。そうであるべきだし、というより、私がそれを望んでいる」
「同意見だ。手紙は、形を持っている点で、恋と比べれば既に正解であるとも言える」
「どうだろう。ところで、そのラブレターは読んでもらえないのかい」
「読まない」
「それは残念だ」
「これはあくまで切り札だからね。それに、もう虹はかかったように見える」
「やはり、虹は邪魔みたいだ」