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子育て疲れの私のSOSとできた夫との会話

はぁ、さすがにマズイ。

表面的には何とかなってるけど、心はかなりズタボロしてるぞ…と夫にヘルプを出した今日のことを記録します。

数年経ってからこの記事を読んで、そうそうこんなときもあったよねって笑えてるといいな、という想いを込めて。


言葉で表すとしたら自分という存在そのものに自信がない

表面的には何とかなっちゃってる、というか経験とともにどうしたらいいかがわかっていてこなせちゃってるのだけれど、本当にコレでいいのかな、という想いがあふれてきてます。

で、少しできた空き時間で気持ちがドーーーンと落ち込む感じ、なんでしょうね。

寒いからかな。

12月も後半に入ってせわしなさと何も終わっていない焦った気持ちが入り混じって、心が敏感になっているのかもしれない。


仕事でも子育てでも、頑張ればそれだけ結果が出るとか、いいように進むとか、そんなのばっかりじゃないこと、頭ではわかっているのだけれど。

うまくいかなかった結果の受けとめが「もしかしたら私がもっとこうしていたら、こうはならなかったかもしれないのに…」という無力感をつい選択してしまいます。

仕事はそれでも大人対大人だし、理屈の上でも折り合い地点というのが成り立つことが多くて救われるのだけれど、子育てとなると一気に自分の肩にのしかかってきてしまいます。

我が子たちは一筋縄ではいかない特性を持った子たち…それはよくわかっているつもりなのだけれど、どこかで私がもっとうまく対応してあげられたらという気持ちが捨てきれずにいます。

頭ではねぇ、母親のやりすぎは子どもの自立を妨げるとかね、今の自分を走らせ過ぎない理論を持っているのだけれどね、目の前にいる人になんとか力になりたいとか、私の存在を認めて欲しいとか、そんな気持ちなのかなぁーー、アクセルを緩めるので精一杯な自分。


そんな自分でも自信を持って動ける時は、役割のハッキリした肩書きがある自分のとき。

医療技術職の立場のときとか、母親としてとか。

その役割になりきって、その立場で必要となることを知識と経験、状況を総動員して考えて、私なりの答えを見つけて、私なりに行動や言動を起こせます。

でもその肩書きが必要のない、ただの私って人になった瞬間、その場から消えたくなるような、注目されたくないような、ほっといて欲しいような、誰も話しかけないで欲しい気持ちが生まれます。

その感覚って、実は物心ついてからは初めての感覚で、長男がよく話してくれる感覚に似ていてビックリしました。

もしかしたらそんな自分をずっとずっと知らないふりしてきてて、最近、随分と自分の心と向き合うようにしているから、ふと湧いてきた小さな自分なのかもしれないですね。

なんかとっても怯えていて、「態度がでかくて図々しい自分」という子育てしながら働く自分を形容していた感覚とはかけ離れているなぁーと笑っちゃったり。

ホントはいろんなことが怖かったり、不安だったり、心配だったりするのかもしれないです。

でも行動することでそういう気持ちをかき消してきたのかなぁ…だからやたらと行動的だったのかもしれません。 

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とめどなくあふれる気持ちを夫に聞いてもらう

早く帰ってきた夫に、一緒にご飯を作りながらちょっと話を聞いてもらうことにしました。

私「多分ね、それなりにやれてはいるんだと思う。

だから何も起こらないし、何か言われることもない。

だけど、何もないから不安でもある。

ダメなんじゃないかって自分に問いただしたくなったりする。

やれているのに自信がない、不思議な感じ。

それでも仕事も子育ても家事も、やらなきゃいけないからやるし、今までの経験があるから何とかなっている、そんな感じ。

でも心はいつも疲れていて、少し時間があると休みたいなって思う。

昔だったら、何か他にやるべきことをやろうってエネルギーに変えて動いていたけど、それも空回りになるってわかってしまったし、下手に動いても仕方ないって思うと、エネルギーも湧かなくなってしまったなって感じ。

で、休んでいても何も変わらなくて、心が元気なときは自然と時間ができたら子どもたちと遊ぼうって思えていたのに、そう思えない自分に嫌気がさしてしまう。

悲しいなぁ。

何だろうなぁ。」


夫「今日、長男と三男の療育センターでの診察だったんでしょ?

何かあったの?」


私「必要なことを話して必要なことを聞いて、最後は今後のスケジュールについて話をしてきた。

多分、別に普通に普通だったと思うんだけれど、こんなに私に時間を割いて大丈夫なのかとか、誰かもう時間だからおしまいって言ってくれたら終わりにするのにとか、今これを言うべきじゃなかったのかもとか、

勝手に自分の思考がグルグルしちゃってた。

別になんてことはない診察だったんだけど、時間はかなり押しちゃってたんじゃないかな。

終わったらドッと疲れたのに、薬を取りに行かなきゃいけなくて。

そういえば、三男のルーティンになってる診察→センターの自動販売機でジュース、でね、予めアンパンマンのリンゴジュースを持たせておいたらそのまま帰れるかもって思って、診察後に渡したのね。

でもルーティンというか、三男の期待は強かったみたいで、手にリンゴジュース持ってるのに販売機の前で「ぶどう!」って要求してね、長男は甘い!って怒ったんだけど、私、三男に100円渡したの。

そしたら隣のリンゴジュースを押しちゃって、クーちゃんのリンゴが落ちてきて、三男はちょっとパニクった感じでぶどう!って聞かなくてさ。

長男は甘い!ってまたまた怒ったんだけど、三男、頑張ったからさって100円渡しちゃったんだよね、私。

甘いよねぇ。

ついつい何でも受け入れちゃうって良くないよねぇ。

でも疲れてるときって三男、切り替えられないってわかっててさ。

できるときに頑張ればいいじゃんって思う自分と、間違えても二度目があるんだっていう経験が三男に積み重なってしまったかも、今後どうなっていくのかなぁってちょっと不安な自分もいるわけ。

葛藤なんだよね、毎日毎日。

答えなんてないし、そばにいて「それでいいよ」って言ってくれる人もいない。

すごく不安だよ。

どんどんダメ母になっていくんじゃないかって思うよ。

頑張ってるのにさ。」


夫「オレも仕事でやってもやってもキリがなくて、何にもならないことが多くて、だからその気持ちは分かるつもり。

そういうときは診察の前に2つか3つまで、これだけはって決めておいてさ、それができたら達成!って自分で達成できたって実感するようにするんだよ。

あなたはアレもコレもってつい詰め込みすぎるし、ちゃんと結果がわかる形で出ないと不安になるんだと思うんだけど、そういう結果のわかりにくいことに取り組むときには、自分でポイント絞って、それができればオッケーって認めていかないと潰れちゃうよ。

今までそういう経験がないのかもしれないね。

そうやってコツコツと積み上げていくしかないと思うよ。」


私「夫ってすごいねー。

まさにそういうことなんだと思う。

仕事でもさ、今の仕事って誰でも良くなっていくわけではなくて、そこの着地点とか設定が難しくて、よくなる期待だってしたいし、やれることは全てやりたいじゃん?

私が一生懸命になって一緒に取り組んだら、その経過で本人が良くならなくても次のステップに進めるってそういうのもあったりするんだ。

それはそれでいいんだと思う。

でも私は本当にやりきれたのかってやっぱり疑問に思うし、ホントは私の方があきらめきれなかったりしてる。

今日はホント、そういうことが重なったと思う。

診察のときに自分から出てくる言葉ってやっぱり子育てにおける期待、なんだろうな。

あきらめきれない。

どうにかなるんじゃないかって思いたい。

だって私だっていっぱい挑戦したり頑張ったりして乗り越えてきたから!と。


その一方で最近、ストンと落ちる言葉は反対の言葉だったりしてね。

ほどほどの母親で良くて、子どもはほどほどに育てば十分、とかさ。

ママがご機嫌でいるのがいい子育て、とかさ。

何でも言いようだし、どんな親だっていいんだって思うんだけど、それでも私は自分にないものを求めちゃうんだよねぇ、いつも。」


夫「ホント、根っからの成長し続けたい人なんだよね。

オレにはないからすごいと思うよ。

それも才能。

でもうまく生かせてないんだろうね。」


私「いつもうまくやれない自分に悔しいと思ってる。

自分への期待度が高いのかな。

この前、「なんにもしない」大切さを実感して、仕事と子育てに生かしているつもりだけれど、本当に「なんにもしない」をした方がいい相手って自分なのかもね。

自分のことをいちばん「何とかしたい」と思っていて、「何とか頑張れ!」って応援してる。

いやいや、まずは何にもしなくてもあなたは子どもたちの親だし、仕事していいし、十分家のことやってるから!って言ってあげていいのかもね。」


夫「もうだからいつもそれ、オレ言ってるじゃん。

言ってるのに受け止めてないのはあなただよ。

十分やってるよ。

アレもコレもってやらなくたって十分なわけよ。

そのまんまで十分子どもたちはあなたが大好きなんだからさ。」


私「うーーーん、確かに言ってくれてるね、それ。

でも受け止められてないなぁ…どこかでそんなことないって思ってるんだねぇ。

困ったもんだ。」


夫「結構強情だよね。

それもあなたらしさなんじゃない?(笑)

ま、なんとかなるよ。

今までだって何とかなってきたんだしさ。

オレも協力するし。 

最近、オレは早く家に帰りたくて仕方ないもんね。

楽しみだよ、家族に会えて、話が出来て。

あなたのそういう話を聞いてあげたいとも思うし。」


私「ホント、できた夫だよねぇ。

すごいわ、アッパレ!!!

なんでそんなできた人間性を今まで隠し持ってきたかね。

そういう話をしなかったときはただの置き物だと思ってたよ、私は。←ヒドイ

見えてるものだけで判断しちゃいけないってホント実感する。

いい勉強だよね、うんうん。

そう思うことにする。

いっぱい聞いてくれてありがとう。」

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我が家の夫の役割

夫はよくわかっていて、自分の家長としての役割は妻のサポートをすることだって心得ています。

子どもよりも妻優先。

その姿に私が耐えられなくて、私の子ども優先が過剰になっちゃったりするんだけど、それでも全体のバランスを絶妙にとる夫といったら!

ホントにアッパレです。

ひとつひとつの物事に対する細かさや完成度は私の方がうるさくなりがちなのだけれど、家全体のバランスは夫がよく見てくれていると感じていて、うまいなぁー、頭が上がらないや、といつも思います。

1〜2年後、この記事を見直したとき、この時よりもだいぶ私成長したよねって自分で思えていたらいいなって思って、記事を締めたいと思います。

読んでくださった方、ありがとうございました♪

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