【小説】人の振り見て我が振り直せ 第3話「ベチャベチャ服と汚ロッカーでもキレイ好きですか?」
茉莉花は出勤が勤務開始の1分前、退勤は勤務終了後1分もしないうちにタイムカードを打刻して帰る。とにかく職場には勤務時間以外は職場にいたくなのだろう。
仕事さえキチンとしてくれれば、決して悪いことではないが、帰りは良くても、出勤はせめて5分前くらいには自分のデスクに座って準備をしておくべきではないかと、昭和の人間の由希子は思ってしまう。これが今どきのZ世代なのかと考えさせられることのひとつでもある。
この日も茉莉花は勤務時間終了の1分後に速攻タイムカードを打刻して事務所から出ていった。
その足ですぐに更衣室へ向かい着替えるのだが、由希子は一緒に着替えるのが1週間で嫌になった経緯があり、よほど急ぎで帰らなければならない限り、極力茉莉花と一緒に着替えをしなくて良いように、更衣室に行く時間をずらしていた。
しかし、この日は少し急いでいたので茉莉花と一緒に更衣室に入らざるを得なかった。
茉莉花は更衣室に入ると自分のロッカーを大きな音を出して雑に開け、着替えを始める。ガラの悪い男の人がいるのかと思うくらい音をたてて開けたり閉めたりするのである。由希子はその行動自体、嫌悪を感じて嫌だった。
しかし、それ以上に嫌なことがあったのだ。
それは茉莉花が自分が脱いだ制服の上着に衣類用消臭剤をベチャベチャになるほどスプレーすることだった。
確かに全体的に湿り気を帯びる程度スプレーするとか書いてあったかもしれないが、それにしてもスプレーし過ぎに思うのだ。人が着替えてるそばでもお構い無しで、目の上あたりでスプレーする。そもそもそこまでニオイを消したいのであれば、家に持ち帰って洗濯すれば良い事ではないのか。
十畳ほどしかない更衣室中に衣類用消臭剤の〝お洗濯のか○り〟とやらのニオイが充満し、正直、汗のニオイと混ざって、逆に異様なニオイがしている気がする。
しかも、その制服のシャツにもスプレーするのだが、その時、由希子は見てしまったのだ。
茉莉花のシャツの襟元は汗や皮脂汚れで真っ黒になっており、背中の部分がシワシワになったそれにもベチャベチャにスプレー、ヨレヨレのまま雑にハンガーに掛け、なんの躊躇もなくロッカーにしまったのだ。明らかにまた明日も着るつもりだ。右肩下がりにハンガーに掛けられたそのシャツが、可哀そうにも見えた。
よく考えて見たら、茉莉花が制服を持ち帰る姿を見たことがなかった。
(衣類用消臭剤は消臭効果はあるが、皮脂汚れは洗濯しないと取れないと思いますけど。まさか、〝お洗濯のか○り〟でお洗濯した事になるとでも思ってませんよね?)
それだけでもだらしなく思えるのに、更に由希子は信じられない光景を見たのだ。
茉莉花はそのベチャベチャ着替えを終えて、床にリュックを置いたかと思うと、床に股を開いてリュックを足で囲うように座り込み、チャックを開けて両手を入れゴソゴソと何かを探している。
見つからないのか、中身を床に出していき、探しものが見つかると、床においた化粧ポーチのようなもの、むき出しのリップやハンドクリーム、カップラーメン、飲みかけのペットボトル、その他ゴミのようなものを揃えるでもなくリュックに放り込んだ。ここまではいつものことだ。
それから、スマホを片手で持ちながら、雑にロッカーを閉め、「お疲れ様で〜す…」と男性社員が側にいるときには聞いたこともない低い声で、ダルそうに振り返りもせず帰って行った。
(そもそも人によって態度をあからさまに変える事自体、相手に対して失礼なのではないかと思うが、言うだけまだましか。)と思いながら、由希子は茉莉花のロッカーに目をやった。
すると!!!
相変わらず雑な閉め方のため、閉まりきらずに開けっ放しになっていたのである。ロッカーが少し開いているのはしょっちゅうなのだが、今日に限ってロッカーの中身が丸見えになっていたのだ。
由希子「汚なっ!!」
由希子しかいない静まり返った更衣室で、思わず大声をあげた。
この会社のロッカーは幅40センチ、高さは200センチ程度の長方形のロッカーで、金具で仕切られた上の部分には高さ30センチ程のスペース、下の部分に靴類を入れるスペースがある。
開けっ放しの茉莉花のロッカーな中身は想像通り、見事にグチャグチャで、ある意味芸術的でもあった。中からは衣類用消臭剤のニオイとなにかのニオイがまざった異様なニオイがする。
その上部には未使用のマスク2箱と使いかけのマスクの箱を揃えもせず雑に置いてあり、ゴミ?(おそらくマスクが入っていた透明の袋と空箱をグチャグチャにしたもの)が一緒に置いてあるようだった。
衣服をかける部分には、ベチャベチャの制服類とゴミ箱らしいボックスがあり満杯になっていた。そのゴミ箱に入らなかったのか、ゴミと思われる汚れたティッシュや何かのパッケージみたいなもの、飲みかけのペットボトルが5本以上が衣類の下に散乱し、中身の入った(食べかけの何か、腐ってるかも…)コンビニ袋が丸めて放置してある。
下部の靴類を置くところには、カップラーメン5個以上、ダイエット食品なのかよくわからない謎のゼリー(口をつけて飲める感じのドラッグストアーで安く購入出来るもの)10個くらい、衣類用消臭剤のストック3個はあるだろうが、それらが手前の方にグチャグチャに置いてあり、奥の方にあるものは不明だが、コンビニ袋のようなものが押し込んである。あげく一応未使用のようだが、生理用品が5個以上そのまま散乱している。
その茉莉花のロッカーが衝撃的過ぎて、由希子はしかめっ面のまま、しばらく動けなかった。
そもそも、靴類を置くスペースに食品を置くのも由希子にはあり得ないのだが、食べかけのではなく新品でフィルムがついているので、まあ、それは本人が気にならないのであればいいとは思うが、生理用品の散乱だけはどうしても理解できなかった。
女性ならわかるかと思うが、通常ロッカーに常備はしておくが、大抵は可愛い袋やポーチにしまったり、せめて商品の入っていた大袋のままでも、中身が見えないようにしておく人が大半だろう。
そういう茉莉花のだらしなさに、由希子は嫌悪を感じずにはいられなかった。
(その散乱した生理用品を使うんですよね?フィルムで包んであるとはいえ、床に落としたりも絶対してますよね?不衛生じゃないですか?仮にも衛生用品ですよ?)
確か、今日事務所で言ってましたよね?
男性社員たちがミーティングで戻って来たのを見計らい、急に自分のデスクをティッシュでふきだしたと思ったら、普段より大きな声で〝キレイ好きアピール〟してましたよね?
茉莉花「あたし、汚れてるとなんか気になるんですよねぇ〜。掃除したくなっちゃうんですぅ〜。」
茉莉花のそのわざとらしい言葉と行動を思い出しながら、由希子は思っていた。
(そもそもキレイ好きな人は、頻繁に制服は洗濯して、アイロンもまめにかけるし、床にモノを置いて探しものをすることはない。
カバンだけではなく、人に見えない自分ロッカーでさえ、整理整頓されているものだ。
生理用品が散乱しているロッカーで〝キレイ好きアピール〟しても説得力がなさ過ぎないですか?
掃除したくなるなら、まずはその自分のロッカーからお願いします、異臭がしてるんで。カビが生えてませんか?そのロッカー。)
おそらく本人は言動と行動が相違していることに、そもそも気づいてもいないだろう。
自分はそうならないようにしなくては、と矛盾だらけのだらしない事例を勉強させてもらった出来事だった。
ロッカーという小さな専有場所さえ整理整頓出来ないのであれば、自宅の自分の部屋はさぞかしゴミ屋敷になっていることだろうな、と想像しながら、由希子は茉莉花のその汚ロッカーの扉を丸見えにならない程度に閉めた。
茉莉花のロッカーの前の床には使いかけのハンドクリームが種類違いで2個も落ちていたが(さっきのリュックに入っていたものだろう)そのままにしておいた。
由希子は茉莉花の衝撃的なロッカーに気を取られている間に、予約していた歯科に遅れそうになって、慌てて電気を消して更衣室を出ていった。
翌日、茉莉花は休んだので、帰りには長椅子のひじ掛けにハンドクリームが2個並んで置いてあった。
もしかしたら、それをおいた人物も同じことを思っているかもしれない……。