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【小説】人の振り見て我が振り直せ  第4話「週休3日以上のモ○スター社員」

 由希子がこの会社入社して1か月ほど過ぎた頃の出来事である。

 入社後すぐの由希子は、まずはひと通り施設内の設備や点検方法など、覚えなくてはならないことがたくさんあった。

 女性には急な階段の昇り降りや、広大な敷地内に施設が点在しているため、移動距離もあり、体力的にキツイ仕事なのだが、もともと学生の頃から運動部だった由希子にとっては、それほど苦には思わなかった。ただ、年齢的な衰えやまだ慣れていないのもあり、1日仕事すると帰るころには疲労が襲って来てぐったりすることもあった。

 帰って家事を済ませて、お風呂に入り終わったら、すぐにバタンキューだった。(昭和生まれの人はわかると思うが、昔は疲れて布団に倒れ込んだまま寝てしまうことをこう表現するのが定番だった)

 それと同時に、由希子は検査分析の仕事も担当することになっているため、現場の仕事と同時進行で覚えなくてはならなかった。

(事務仕事がメインと面接で言っていたけど、全然メインじゃなさそうだな。社員の入れかわりは頻繁にあるし、常に欠員状態だから一人ひとりの仕事量が多くなって、新人が入ってもすぐに辞める、まさに悪循環。だから、所長の仕事量が増えて休むヒマがないんだ。)

 しかし、それ以外にも原因があることに由希子は気づいたのだ。

 由希子が思う悪循環の原因が確信にかわったのは、同僚の言葉を聞いたからだった。

 この施設の検査分析室は女子更衣室に隣接しており、その2つの部屋の間には、換気のため上部に横に細長い換気口があった。

 その為、どちらの部屋からも、照明がついてるかもわかるし、物音も話し声も聞こえるので、人がいればすぐにわかるつくりになっている。

 由希子は同僚である太田裕明に検査分析の仕事を教えてもらっていた。

 太田は由希子より10歳ほど年下の先輩契約社員で、入社してすでに3年ほど経っている。前職は設備関係の修理をしていたらしく、現場でも重宝され、正社員と同様の仕事を任せられていた。検査分析の仕事も正社員は必須で出来なければならないのだが、言うまでもなく担当していたのだ。

 検査の日は基本的に月曜日と水曜日になっていたので、大抵、検査の日の朝は事務所にいってタイムカードを打刻する前に、早めに検査室へ行って検査機器の準備をするのが通例になっていた。そうすることで、すぐに検査に取り掛かることが出来るので、自分が楽になるからだ。太田が正社員から教えてもらい、同様に由希子にも伝達したことだった。

 そして由希子が入社して1か月ほど経った、ある水曜日の朝、由希子はいつも通り出勤して、更衣室で着替えを済ませたあと、そのまま隣の検査分析室へ向かった。

 すると、ちょうど指導係の太田も来て、挨拶をかわしながら、同時に検査分析室へ入った。

 由希子「おはようございます。」

 太田「おはようございます。そういえば、藤さんはもう指導係は必要なさそうだから、来月からはひとり立ちしても大丈夫ですよね?所長には言っときますから。」

 由希子「はい。少し怪しいところもありますけど、頑張ります。わからなければ、そのときまた聞きますので。」

 太田「いつでも、遠慮なく聞いてもらっていいですよ。」

 検査分析室で準備していると、出勤時間がギリギリになることがしばしばある。間に合わなければ、途中のまま事務所に行き、タイムカードを打刻する。

 ギリギリの時間と言っても5分前くらいなのだが、由希子はその時間になっても、女子更衣室に人の気配がないことが頻繁にあることに気がついた。ということは、茉莉花が休んでいるということだ。由希子はそばにいる太田に声をかけた。

 由希子「太田さん、なんか、飯田さんってよく休みませんかね?特に検査分析のある月曜日と水曜日は特に多い気がするんですけど。」

 太田はいつものことだと言わんばかりに、呆れたような、でも少し半笑いに近い表情で言った。

 太田「あぁ〜もしかして気づいちゃった?」

 由希子「え?」

 太田「あの子が1週間まともに勤務することないんじゃないかな?最初の半年くらいはまだ真面目にきてたんだけどね。あの子だけ週休3日制かパートなのかと思うぐらい。突然休むから、突然あの子の仕事をかぶらなきゃならないし、ムカつくのは面倒な仕事な時に限って休むんだよ!あいつ!絶対に狙って休んでるとしか思えない。あれで同じ給料なんだから、やってられないよ!」

 太田は、話しながらだんだん不機嫌そうな表情に変わり、言葉じりがきつくなっていった。茉莉花の尻拭いをずっとしてきたんだな、とすぐに由希子は察した。

 太田は仕事が出来るので、結局、所長も頼りにして、仕事を被らざるを得なくなってしまうのだろう。由希子には、この太田がなんで正社員じゃないのか不思議に思うくらいだった。そんな人にしてみれば、まともに出勤すらしないで同じ給料もらってるならムカついて当然だ。

 その太田の話を聞きながら、由希子はもう一人、茉莉花のことを言っていた社員がいたことを思い出した。

 その時は仕事を覚えるのに必死だったので、スルーしてしまったのだが、現場仕事を教えてくれた同じく契約社員の石野幹彦が全く同じことを言っていたのである。

 石野は前職を早期退職後に第二の職場として勤務している60代の契約社員で、以前は技術系の公務員をしていたらしく、電気関係には特に詳しかった。180センチほどはあるスラッとした長身で、年齢を感じさせないフットワークの軽さと体力もあり、頭の良さを感じさせるわかりやすい説明で、由希子はわからないことがあれば、いつも石野を頼りにしていた。

 由希子の指導係をしてくれていたのもあって、現場に行くときは石野と行動することになっていたのだが、茉莉花が休んだときは単独で現場にいかなければならなかった。

 なぜなら、茉莉花の業務を石野もかぶっていたからである。

 所長「今日、急で申し訳ないのですが、飯田さん体調不良で休んだのでお願いできますか?」

 石野「また飯田さん休んだのかい?」

 所長「はい…。太田くんは今日外回りなんですよ。だから石野さんしかいなくて…申し訳ありません。」

 石野「わかりました…。随分体調不良が多い子だよね!今日は業者が来るからって言ってたじゃない?」

 所長「…………。今どきの女の子だから、あまり強くも言えないんですよ…。」

 所長は困り顔をしながら、石野に頭を下げた。

 石野は何か小声でさらっと嫌味を言ったように見えたが由希子には聞こえなかった。そして、ため息をつきながら、茉莉花の担当しているデスクについた。

 所長「藤さんはいつものところなら1人でも大丈夫だよね?何かあったら連絡くれればいいから。」

 由希子「はい。わかりました。」

 こんなやり取りが1週間に何回か続くときもあるのだ。欠員状態でこれを頻繁にやられたら、社員から不満が出るのは当然のことだ。

 ましてや本人は、休む前の日にはやたらとテンションが高いので、体調不良で翌日休む感じには全然見えないのだ。

 その翌日、石野と一緒に現場に行くと、歩きながら茉莉花の文句を言っていた。

 石野「飯田さんさー、本当に体調不良だと思う?あんなに朝からベラベラ喋って。昨日休んだ人に思えないだろ。それに昨日は業者の対応もあって大変なのあの子わかってただろ?急に休んでるんだから、昨日はすいませんくらい言うべきだろ!何なんだあの態度!?あれであの子と同じ給料なんてやってられないよ!」

 この日は石野にしては珍しく声を荒げて文句を言っていた。普段は淡々と話す石野だったが、よほど腹がたったのであろう。気持ちは痛いほどわかった。

 それは、茉莉花が声を張り上げてアピールしていたからである。

 茉莉花「昨日は業者さんとどういう対応したんですかぁー!?私だったらこうしておくんですけどぉー。こうしておいたほうが、後々楽になるんですけどねぇ。してなかったんですかぁー?」

 由希子は思っていた。

 (太田も石野も当たり前の事を言っている。仕事が出来るからこそ、仕事が増えるのだが、あまりにも茉莉花の行動は責任感がなさすぎではないか。

 挙げ句、休んでるくせにマウントをとったかと思うと、何事もなかったように大げさに仕事してるふりをするのが毎度のことだ。

 体調不良で休んでいるのに、髪の毛の色がオレンジになったりもするし、明らかにズル休みと思われても仕方がない。逆に、バレないとでも思うのだろうか?その方が不思議に思う。)

 これがまさに〝モンスター社員〟ってやつだろう。

 その3か月後、石野は7年ほど勤めたこの会社を雇用期間満了をもって退職した。

 この会社の契約社員は1年毎に更新することになっているのだが、ほぼ雇止めの年齢にならない限り更新される。しかし、石野はその年齢を待たず〝体調不良〟を理由に辞めていった。

 由希子は石野の〝最高の嫌味〟だったんだろうなと思いながら、感謝をいいつつ見送った。

 仕事が出来る社員ほど、見切りをつけて辞めていくのかもしれない。悪循環は続いていく…。

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