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ベランダからの花火。体調不良で乗り遅れたけど、夏を楽しむことを諦めない

「花火始まったよ!」

2階のリビングでの作業中、なんとなく遠くから聞こえた、どん、という音。19時。花火大会が始まったらしい。すっかりはだけた浴衣を少しだけ直しながら3階に上がると、同じく浴衣を羽織ったパートナーがベランダで待っていた。荒川の方に目線を向けると、家とマンションの間から、きらきらと花火が咲いている。

「すごい、よく見えるね!」「あれ、すごく大きい」「小さい花火がいっぱい!」

はしゃいで、喋って、時々座って鼻をかんで、それでも花火の音に吸い寄せられてまたベランダに行って。8月最初の土曜日、私たちの夏がやっと、始まった音がした。

「夏になると、うちのベランダから花火が見えるんだよね」

同棲を始めた3月末、3階に上がるとパートナーはそう口にした。

「え、すごいね!見たい!」「うん、でも小さいからあまり期待しないでよ(笑)」
花火が見える家。それだけで魅力的で、早くもパートナーと初めて過ごす夏が楽しみになった。

そこから派生して楽しみは無限に膨らみ、「浴衣を着たい」「焼きそばを作ろう」と、やりたいことがポンポン出てくる。いよいよその日が近づくと、私は楽天で新しく浴衣を注文した。別々に注文したはずなのに、それは2日後にパートナーの浴衣と揃って届いた。お互いの浴衣を見て、わくわくは最高潮だった。


そんな気持ちとは裏腹に、私の雲行きはじわじわと怪しくなっていた。7月も終わりが見え始めるころ、それは見事に的中してしまった。体調を崩したのだ。忙しい出勤が続いた、5日目の終わりだった。

朝から喉が痛み、退勤して帰宅したら37.2度という微妙な数字を叩き出していた。数字こそ微妙だけれど、疲れ切った身体は正直だった。

泣く泣くマーブルコミュニティのオフ会をキャンセルして(職場の人にもビアガーデン自慢してたのに……)、大した熱は無いのにベッドで寝ているしかなかった。身体はだるくて何もしたくないのに、かといって何もしないのも退屈で、自分でもよくわからなかった。

パートナーは「俺はうつらないから」という謎の自信を携えて、よく私の面倒をみてくれた。私が休んだ分のシフトを埋めながら、夜帰った後にはフライパンを出してご飯を用意してくれるのだから、本当に頭が上がらない。


そんなパートナーも、とうとう体調を崩した。うつしたかと思ったが、私とは違い、1日で一気に38度まで発熱した。彼はコロナに感染していた。同じ職場の私は濃厚接触者として、パートナーと同じ日数仕事を休むことになった。


強制的に生まれた、パートナーとのふたり時間。お互いのおでこに冷えピタを貼って横になり、片方がゴホゴホ咳をすると、もう片方が「かわいそう」と言って背中をさする。

自宅で一緒に食事を摂り、食べ終わったらパートナーが洗い物をして、その間に私が薬の用意をする。普段自炊しない私たちの冷蔵庫は、かつてないほど賑やかになり、週2回の燃えるゴミの日を待たずともゴミ箱はいっぱいになった。

「今の仕事辞めたら、こういう生活になるんだね」

朝昼の食事を職場の賄いで済ませていた私たちは、近く退職する。早くも辞めた後の生活を体験して、次第に話題は「転職」「結婚」「子ども」と、現実味を帯びてくる。

最高に浮かれたかった夏に、真剣な話。こんなはずではなかったけれど、避けては通れない道。話す機会を持てて少しだけ、体調不良になって良かったと感じた。

浴衣姿でスーパーに行き、焼きそばの材料と氷アイスを買って、そのまま帰路に着き、自宅で19時の花火を待つ。体調がまだ本調子じゃない私たちには、ぴったりの夏だ。それに、「花火大会に行く」予定は来週ある。今日は予行なのだ。

出かけてすっかり汗ばんだ浴衣を適当に羽織り、ベランダで夏の夜風に当たりながら、缶チューハイを持って、花火を眺める。時々部屋に入り、鼻をかんで横になり、それでも花火の音に吸い寄せられて、またベランダに向かう。

こんな夏も、いい。来年も、こんな夏が、いい。

生活スタイルやお互いの肩書きが変わっても、また同じ夏を過ごしたい。

「来週は体調直して、花火大会行こうね」

私たちはまだ、夏を楽しむことを諦めない。

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