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人生で足止め喰らうのは、いつだって女ばかり

ああ、今日もこのまま、1日が終わるんだなあ。

鉛のように重たい身体を仰向けに、買ったばかりのグレーのローソファに沈めて動けなくなったまま、時刻はお昼の3時。早朝から仕事に出たパートナーがもうすぐ帰ってくる時間だ。
リビングでいちばん大きな窓の、上部4分の1から覗く青空が、嫌というほど澄み渡っていた。

微熱を主とする体調不良が続いて、かれこれ10日が経つ。仕事は休んだり在宅にしたりでなんとかやりくりして、一時は復活したと思ったのも束の間、わずか2、3日でまた重い身体に逆戻りしてしまった。平日は仕事で誤魔化しているせいか、土日はとにかく身体がだるく、ほとんど寝てばかりだ。

昨年の夏も10日間の微熱を経験したが、今回はそれとは違う気がした。バターの香りを嗅いだだけで吐き気がするし、お腹もたまにチクチク痛む。

今まで自分の世界に片時も入ったことがなかった「妊娠」という二文字が、突然自分の懐に迫ってきた。

🛏️

「37度前半の微熱が続く」「おりものがサラサラしたものになる」「1、2日の少量の出血が出る」
ベッドに横たわりながらスマホで妊娠について詳しく調べれば調べるほど、それであることを裏付ける情報ばかり目に付いて、恐怖と不安がじわじわと私をむしばんでいた。

自分の身体はどうなってしまうのか。
「タイミングが悪かった」という理由だけで授かった命を踏み台にするなんて、許されるのだろうか。
けれど、産むとして私は責任は取れるのか。

夜になるとそんな不安はさらに増して、体調が悪いくせに2、3時間寝付けない日もざらだった。

☀️

昼過ぎ、パートナーが帰ってきた。

「体調悪いんだ?」
「うん」
「んん…かわいそう……!」

パートナーは仕事の日でも必ず、休憩時間に連絡を入れてくれた。「体調大丈夫?」のメッセージに「うん」と応えられた日は、今のところ一度もない。

彼は朝から何も飲み食いしていない私に、温かいココアを淹れてくれたり、お餅を焼いてくれたりする。洗濯物を取り込み、掃除機をかけて、夕飯の買い物に出掛ける。


パートナーは仕事してきたのに、家のことも全部やってくれている。
私は寝ていることしかできない。
私、何もできない。
私なんか、何もできない。


「いろいろやってくれて、ありがとう」

パートナーとリビングで一緒に夕飯を食べているとき、そう口にした瞬間、溜まっていた涙が一気にこぼれた。
「どうしたの?!」とパートナーは慌てて、テーブルの上のティッシュを1枚抜き出して頬にポンポンと当てるも、焼石に水だった。次々溢れる涙はとても拭ききれず、自分で次の1枚を抜き出して、鼻水と一緒にぐっと拭った。

「この先自分の身体がどうなっちゃうのかわからなくて怖い」
「私だって、今年はいろいろなところに旅行に行きたい」
「お酒だって飲みたい」
「仕事だってこれからなのに」
「どうして、足止めを喰らうのは、いっつも女ばっかりなの」

こんなこと、言いたくなかった。
パートナーにこんなことを言ったって、しょうがなかった。

けれど、止められなかった。不安と恐怖に自己否定が重なり、自分の心が不安定になっていることは、わかっていた。

「うん、そうだよね、不安だよね」
「家事のことは気にしなくていいんだからね。やりたくてやってるんだから。俺がきついときは、ちゃんとエビアンにお願いするからね」

パートナーはいつもの言葉で、いつも通り優しくしてくれた。
変わってしまいそうな自分に、変わらない安心を与えてくれる彼に、私はまた泣いた。


生まれ変わっても女になりたいと常々思っていた私が、女である宿命をこれほど恨んだのは初めてだった。
今の時代に男女でモノを言うのはいかがなものかと思っていたけれど、今回ばかりは「どうして女ばっかり」と思わずにはいられなかった。

男女は等しくない。けれど、だからこそ足りないところを補い合って生きていける。
そう思える相手と出会えて、本当によかったと思う。

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