−2度の世界で、1年越しに両思いになった私たち
「明日の朝、−2度だって!もう、寒くて嫌になっちゃう」
仕事終わりに実家に帰ると、母は部屋着に着替えながら、押し入れに向かってそう愚痴をこぼした。1年前の冬、その日の首都圏は「今シーズンいちばんの冷え込み」といわれて、実際に夕方には雪もちらついた。
本日の雪に加えて、翌朝の−2度。雪はすぐに溶けるだろうけど、路面は凍結するに違いない。私はすぐに、先ほどまで遅番で一緒に働いていた7つ上の社員さんを心配していた。
特養施設の厨房で働く社員さんは毎朝5時に、自転車を20分ほど走らせて職場に向かう。朝は特に急ぐだろうに、凍った道路で滑って怪我をしてしまっては大変だ。
先ほどの遅番の帰りも、「20時までにメガネを取りに行かないと」と言って、自転車を急いで走らせていた。その時も危ないとは思っていたけれど、彼の背中に向かって小声で「お気をつけて……」と言うしかなかった。事務所には彼の真っ赤な水筒が置き去りになっていた。
「明日の朝は−2度らしいです。滑らないように気をつけてください」
一刻も早く伝えたい衝動に駆られた。
でも、伝えられない。私は彼のLINEを知らない。
それに、知っていたところで、わざわざ伝えるまでもない。
そんな連絡を取り合う仲でもない。
「彼氏じゃないんだから」と、鼻で笑いながら自分にツッコミを入れた。
後日そんなエピソードを友人に話したときに出た結論としては、「好きな人にこそ、些細な報告をしたくなる」だった。
⛄️
いつもより遅めの日曜の朝、目覚めると、セミダブルをくっつけているベッドの右側は空っぽだった。パートナーの仕事に固定休は無い。今日も朝5時、夜明け前に家を出る。
ポケモンスリープを起動して、LINEを開くと、パートナーから通知が届いていた。
「今朝、−2度だったらしい😱」
わざわざ伝えるまでもない些末な内容を、伝えたくても伝えられなかったあの時から1年、私たちは本当の両思いになれたようだ。
今夜は温かいシチューを作って、彼の帰りを待とうと思う。