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"良いもの"って、結局何なん?

〇〇産の〇〇を使い、素材からこだわり、職人がひとつひとつ丁寧に作った逸品も、
ファストファッションや量販店で流行りの雰囲気をなんとなく取り入れてたコスパ最強なお洋服も、どちらも"良いもの"なんだと思う。

ただ、それを決めるのはお客さんであり、きっと作り手側が決められることじゃない。

たしかにそうだよね。
買うのはお客さんだし、その人が必要と感じてくれたからお金を出すのであって。

ならば、企画する側が考えがちな"良いもの"って何なん?と、ふと思うことがあったので、また思ったまま綴ろうと思います。


丁寧に、良いものをつくってきたはずだった

これはわたしの前職の仕事の話です。
以前、販路が自社ECサイトのみというアパレルブランドの新規立ち上げに携わったことがありました。ZOZOがものすごい勢いで業績が上がっていた頃くらいの話です。

わたしが関わっていたそのブランドのターゲット層は、働くワーキングマザー。京都発信のアパレルブランドで、日々忙しく働いている主婦があったら嬉しい機能を洋服に取り入れ、カジュアルだけど上品な素材で、軽やかなデザインにすることにこだわった。30〜40代の女性に向けた商品をつくっていた。

実店舗の売上げが伸び悩んでいた時期というのも重なって、店舗を持たずECサイトに力を入れた。一息つける時間にポチっと購入してもらえるようにと洋服以外にも京都のステキな写真や読み物などのコンテンツにもこだわった。外部からカメラマンやライターまで雇い、大金をかけてつくりあげてたブランドだった。

わたしは、このブランドがとても好きでした。素材やデザインも妥協しないデザインも、ブランドの世界観を表現する自社サイトも大好きで、ほぼ下っ端のデザイナーでしたが、そのものづくりに携われることがとても嬉しかった。

ただ、全然売れなかった

とても良いものがつくれたと思っていたのに、何故だか全然売れる気配がない。なんせ、サイトに足がつかない。

売れない原因はいくつもあったと思う。その中でも、わたしが1番感じたことは、売りたい人へ買ってほしい商品があるよ!と伝わっていなかったことだと思う。つまり買ってほしいひとへのアピールができていなかったということ。イメージしていたワーキングマザーたちにはこれっぽっちも届かなかったのだ。

台東デザイナーズビレッジの鈴木村長の言葉を借りていうならば、

この商品を使うことで、お客さんにどうなってほしいか、購入したその先のイメージが想像出来ていなかったし、ファンを育てる行動もしていなかった。

ただただ自分たちの思う"良いもの"をつくることに専念して、売れるのを待つだけの受け身状態だった。

こだわったって、そのものの良さやお客さんの"欲しい"という感情に届かなければ、いくら良いものだと信じて作ってきても、買ってもらないことを身をもって感じたのでした。

売れるんじゃない。売るんだ!

このブランドが立ち上がる前までは、店舗があり、販売員さんがいて、ディスプレイを担当するスタッフが毎週のようにプロパー商品を素敵にコーディネートして店頭で商品を売ってくれていた。

他にも、商品がより多くの人に知ってもらい、売れるために、雑誌掲載やモデルリース、広告物をつくってくれるプレスがいた。

他にも売筋商品とトレンド商品バランスを決めるMD、品質管理やデリバリー、生産管理や店舗運営…さまざまな人が売れるための行動をとっていた。

それまで、デザイナーがブランドをつくっているとさえ思っていたけれど、わたしが担っていたのは、ものづくりの部分だけで、売れる努力をしてくれてる人がいたんだとようやく気づけた。

"良いもの"を作ったら、買ってくれる。確かに理屈ではそうなんやけど、その人にとってちゃんと"良いもの"なんだよって示してくれる人がいたから成り立っていたのだと。

いくら名品だって雑多な扱いだとその良さが見えにくくなってしまう。

見せ方や伝え方の工夫も"価値あるもの"になるための大切な要素で、そういった空間づくりも売る努力のひとつなんだ。

売れる商品をつくるんじゃない、売りたい商品をつくることが大事やなぁ、と書きながら思った。

売りたい商品が完成したなら、誰かに伝えたくなるし、バックストーリーだって自ずと生まれているはず。

世の中、"良いもの"できっと溢れていると思います。

わたしも頑張らないと。売る努力…

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