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秋葉原の「二度と現れない店」

これは、1990年代の終わり頃から秋葉原で囁かれていた話だ。秋葉原が電気街から「オタクの聖地」に変貌していく過程で、多くの雑居ビルが増え、無数の小さな店舗が建ち並ぶようになった。そんな雑居ビルの一角に、「二度と現れない店」が存在していたという。


この店は特定の場所にあるわけではない。秋葉原のある通りを歩いているとき、不意に見つかることがあるという噂だ。古びたビルの地下や、細い路地裏の奥にある場合が多い。その入り口はごく狭く、何の表記もないただのドアがぽつんとあるだけで、周囲の雰囲気と調和しないような奇妙な佇まいをしているという。

店内に入ると、そこは薄暗い照明で、ひどく静かだ。ガラスケースの中には無造作に置かれた電子パーツやレトロなゲーム機、古いコンピュータのパーツなどが並べられている。商品はどれも時代遅れで、他の店では見かけないような年代物ばかりだ。

店内には、無愛想な中年男性が一人だけ立っている。彼は店員というよりも、ただそこにいるだけのように見えるという。話しかけてもあまり会話は続かず、こちらの質問にも適当に答えるだけだ。ただ、ある商品に目をつけた客には、彼が少し興味を持つらしい。


噂では、この店で「心惹かれたもの」を購入した客が、時折不思議な体験をするという。例えば、ある古いゲーム機を買った客は、家に帰ってからそのゲーム機が何度も壊れるのを経験した。修理してもすぐに動かなくなり、最後には謎のエラーメッセージだけが画面に表示され続けたという。そのメッセージは、ただ一言、「戻ってこい」とだけ表示されていたらしい。

また、ある客は古いパソコンのパーツを買ったが、その後パソコンに見知らぬアカウントが現れ、「会話しよう」というメッセージが定期的に表示されるようになった。しかも、そのアカウント名が自分の名前と一致していたという。


そして、不気味なのはその後だ。その店に再び行こうとしても、店の場所がわからなくなっているのだ。入り口のビルも、店のあった通りも、すべてが「見覚えがあるのに見つからない」場所に変わってしまう。どれだけ探しても、もうその店にはたどり着けない。周りの人に尋ねても、「そんな店は知らない」と言われるのが関の山だ。

一度だけその店を訪れた人たちは、それ以来、何かの拍子に秋葉原の路地裏を歩くたびに、無性に不安を感じるようになったという。そして、ふとした瞬間に「何かがこっちを見ている」と感じることがあるのだそうだ。


秋葉原には、「二度と現れない店」がある。それは、一度だけ現れ、その人が手に入れたものを通じて、どこか別の場所へと引き寄せる。何かに魅了された客だけがその店を訪れ、奇妙な体験と共に二度とたどり着けない店の記憶を持ち帰る。

…次に秋葉原を訪れたとき、あなたもふとした瞬間に、その店に入り込んでしまうかもしれない。

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