応募を考えてる方、必見!グルマン世界料理本大賞について、受賞者がお話しします
2021年に出版された「和食 世界に教えたい日本のごはん」が、世界的な料理本の賞、Gourmand World Cook Book Award 2022(グルマン世界料理本大賞:以下グルマン大賞)で受賞した。今年の授賞式とフードシンポジウムが行われるスエーデンの北部の町、ウメオに行ってきた。
料理本のモンドセレクション(笑)か?
料理本に特化した世界唯一のこのアワードは、1995年にリキュールのコワントローの創業家である、エドゥワール・コワントロー氏が立ち上げ、25回を数え、この賞を「料理本界のアカデミー賞」と呼ぶ人もいる。
しかしこのグルマン大賞、日本の出版業界でも「実態がよくわからない」という声は多い。実際、ワタシも「ビミョー?」とおもっていた。
なぜか。過去、受賞した日本の料理本をランダムに挙げてみる。
栗原はるみ『Harumi's Japanese Cooking』(HP Books; Illustrated版)、入江亮子・佐藤宗樹『八寸・強肴(しいざかな)で困らない本』(世界文化社)、『男子厨房居酒屋料理』『The Real Japanese Izakaya Cookbook』(成美堂出版)、沼津りえ『低糖質だからおいしい! 「おやつ&スイーツ」』(K&M企画室)、松本栄文『すき焼き SUKIYAKI』(カザン)、大橋明子『皮から、茎から、根から、捨てずに再生栽培! 食べて、育てる しあわせ野菜レシピ』(集英社インターナショナル)。
2013年には、速水もこみち『MOCO’S キッチン』(学研プラス)がグランプリ入りしている。
どれも良書ではあろうが、「世界に誇るベスト料理本」というには、ビミョーさがある。複数点、受賞作を出している出版社、複数年受賞している著者もいて、そんな偏りも公正さに違和感がある。
これ‥‥「料理本のアカデミー賞」ではなく、出すだけで(かなりの確率で)賞をもらえてしまう「料理本のモンドセレクション」なのでは?
いっそ、その謎を授賞会場の現場で確かめたいと思った。
行って、謎は解けた。グルマン賞はいわゆる「権威ある」アカデミー賞とは全く性格の違うアワードだ。
「賞」の権威(ナンバー1のお墨付き)より大切なこと
グルマン賞には、2つのユニークなポイントがある。
①審査対象は自薦された本だけ
②授賞カテゴリーは幅広く、その受賞者数も多い
①グルマン賞の審査対象は、応募した本だけ。どんな素晴らしい本も、応募していなければ選外。ここである程度の偏りは生まれてしまう。
しかも、日本の著者や版元は、賞自体の知名度も高くない上、応募時の英文のエントリーシートを書くのが面倒で、応募する人は多くない(賞金もないしね)。Best in the world の称号は部門ごと4位まで与えられるが「一つのジャンルに同一の国の入賞者は入れない」ルールがあるため、日本のようなエントリーが少ない国は圧倒的に有利となり、それが結果の「偏った」感じにつながっているのではないか。残念だ。
モンドセレクションと違って、参加料は無料。日本語の本でも審査対象になる。英文のエントリーシートとしっかり本のコンセプトを書いたレターさえ送れば、「自己申告の内容から」審査をしてもらえる。日本からの応募がもっと増えれば、受賞作の水準も上がって、「偏ってる感じ」も減り「(なんでも受賞できる感じの)モンドセレクション感」も薄れることとと思う‥‥。(独り言ですが)
ウェブも審査対象。時流に沿った受賞カテゴリーが100以上
②グルマン賞の特徴は、賞の多さ。
なんと 122も設定されているカテゴリーの各々からBest in the world の称号が与えられる。カテゴリーは 著者、出版社、シェフ、レストラン、料理学校、ホテル、写真、イラスト。そしてメニュー別、20以上の国と地域別。
世界の食のトレンドや社会問題もカテゴリーに取り上げられている。
女性、移民、食と差別、気候と食、フードウェイスト、子供、食の安全、健康、高齢者、土着の食、持続可能な食べ物。
「食と人種偏見」では「Cooking with Trans People of Color」なんて冊子もノミネートされていた。読んでみたい。2021年には「コロナと戦う料理本」というカテゴリーも加わった。
さらに、学術的なレポート、インターネット上で無料でダウンロードできる国連、FAO、WFP、ユネスコなどの275の無料ドキュメントもカテゴリーに入っていて、最新の食の世界情勢もフォローする。
料理本の制作と流通の、現代的な変化も反映されている。 「ファンドレイジング・チャリティ」「自費出版」、デジタル化で重要性を増すブロガー、ウェブサイトや電子出版も、審査対象だ。
確かに「賞を乱発するアワード」ともいえるが、グルマン賞は、ナンバーワンの本に権威をあたえるのではなく、「食と料理が今とこれからの時代にどう伝えられてゆくのか?」ということを見つめ、その最先端の現場で表現と発信に貢献している人を発見し、評価しようとしている。
家族経営のアワードが目指してきた、料理本の地位向上
エドゥアール・コワントロー氏は「グルマン賞を立ち上げた25年前、料理の本は、出版文化の中で不当に低く扱われていた」と振り返る。
「 26年前に始めたときは、料理本の点数は約25000でした。今年は合計すると、ISBNの有無にかかわらず、印刷物またはデジタル、無料または有料で、毎年100.000を超える飲食文化の本や文書が存在すると推定されます。このグルマン賞リストに選ばれる可能性は、約1%です!」(ファイナルリスト掲載のステイトメントより)
授賞式、フードシンポジウムでは、100人以上が登壇するプレゼンテーションに耳を傾け、基調講演を行い、受賞者をひとりひとり壇上で祝福するハンチング姿のコワントロー氏の姿が印象的だった。
それをサポートするのは息子さん、受付にはお嬢様が立たれていた。
グルマン賞は家族経営のアットホームなアワードでもある。氏がこの賞を通じて訴えてきたのは、料理本の地位向上と販促を含む現場へのサポート、食の本でつながる世界的なコミュニティ作りだった。
締め切りは毎年11月。本と紹介文を送るだけ
応募について書いておく。
応募資格は、毎年11月が締め切り以前の1年間のあいだに出版された本。応募書類ととともに本部に1冊送る。(3冊送らないといけない年もあったようだが、2022年は1冊でよいとされた。)
応募できる本は、食ならなんでも。
これまで書いた通り、グルマン賞のカテゴリーは、とてつもなく広い。日本の出版業界の人が考えている料理本=レシピや料理写真集やシェフ、お店のプロフィール本でなくても、いや、型にはまらない食へのアプローチの方が、グルマン賞向けだ。研究論文、郷土史、食べ物漫画も可能性があるとおもう。グルマン賞のカテゴリーの柔軟さに挑戦してみてほしい。
2月、審査結果であるファイナルリスト(受賞候補者)がPDFで送られてきた。十ページ以上にわたる膨大なカテゴリーリストに驚いたが、なんと(受賞した)ワタシの「和食本」は「クイックレシピ」部門でのノミネートとなっている。
「これ、、、ちがうがな」。
しかし指摘して賞をのがすのも怖いので、そのままにしておいた(笑)。
そして3月にメールが届いた。
「あなたはセレモニーへの参加をもっとも期待されています。あなたのbig dayは6月3日」と思わせぶりなメッセージとともに、セレモニー会場の詳細、滞在先のホテルの案内、フードシンポジウムのスケジュールが送られてきた。後から知ったが、これが受賞の内示であった。ハッキリ言えい。
授賞式は毎年違う都市で開催され、今年はスエーデンのウメオという聞いたことのない街だった。ちなみに渡航費、滞在費、すべて自腹。行ったところで賞を手に帰れるのかどうかがはっきりしないので、ちょっと、いや、だいぶ躊躇した。
案内には「本についてのプレゼンテーション」のチャンスがあるという。それなら挑戦してみてもいいかと、参加の返事をしたのが、やっと4月。もう頭の中には、「washokuの話で外国人の笑いを取る」ことしかない。
ステージ衣装(なんちゃって着物)もオーダーだ。
フードシンポジウムで食トレンドの最先端にふれる
グルマン賞2022のイベントは、6月2日から5日まで、授賞式とそのプレゼンテーションを含めた3日間のフードシンポジウムとして開催された。
開催地のウメオは「先進的サスティナブルシティ」を打ち出していて、エコロジー、食ロスなどの対策、「持続可能」「サイエンス✖️食」に意識の高い内容が多かった。
パンデミックが変えた、料理本の潮流
基調講演で、コワントロー氏は「パンデミックに伴い、人々は料理と読書に戻ってきた」と解説した。グルマン賞には2022年、227の国と地域から1558点の応募があったそうだ。前年よりも20%多い。
コロナを契機として料理本の環境の変化がいろいろと読み取れる、とコワントロー氏は言う。
特にアメリカでは、サラダのレシピの売り上げが目立ったそうだ。家ですごす時間が増えたことで、簡単なレシピ本を手にする人が増えたのだ。はじめて料理をする人も多かったのではないか?
「さらに重要なのは、料理本の増加が世界的に起こっていること」という。
「ラテンアメリカとアフリカの台頭は目を見張るものがあります。パンデミックはグローバルであり、あらゆる場所で行動を変えます。世界中でより多くのフードブックが出版され、食文化は不可欠になりつつあります」。
コロナを経て変化した、料理本の存在感。そしてドリンクの部門では世界的なアルコール飲料離れ、ノンアルコール飲料の挑戦についての話題があった。
文化伝承、そして物語を担う「レシピ本」のポテンシャル
「パンデミックの年は、レシピ本の人気が再燃した年」といえる。日本の書店でも、レシピ本は花盛りだ。
しかし、グルマン賞にピックアップされるレシピ本を見ていると、それが単なる「料理の作り方」を超えた可能性が見えてくる。
たとえば「日本」というカテゴリーでグランプリを受賞したのはアメリカ人女性作家、ハンナ・クリシュナの「water woods and wild things」だった。山中温泉に滞在し、酒づくりと伝統工芸を学びながらの暮らし、そして現地で出会った食材をつかって作ったレシピとを織り交ぜたエッセイだ。自ら地元の食材を手にして自分の口に合う料理を作り続けた、そのレシピを交えて異文化体験を語る切り口は、しみじみとリアリティがある。
レシピは文学にもなれるのだ。
昆虫食のレシピ本「Les Délices de Mikese」(昆虫食のおいしさ)は、「アフリカ以外で出版されたアフリカの本」部門のグランプリ。スエーデン在住のコンゴ人が、現地の女性たちと一緒に手作りした本。昆虫食の味と文化を、女性の手で紹介するという点で二重に意義深い。「フードセキュリティ」部門でもダブル受賞した。
東インドケララ州の郷土料理を伝承するため本作りの経験が一切ないインドの主婦が手がけた本、イギリスに住むアフリカ系女性の「移民料理」をまとめた本など、メインストリームではない辺境の食、常に姿を変えてゆく食を消えないうちに記録するということの大切さも、レシピ本は担っている。
賞も大変に励みになったが、世界でつくられている膨大な料理本とその作者に出会い、本作りの情熱にふれられたことは、このアワードに参加した最大の収穫だと思う。
出版業界の衰退は世界的な動向だといわれているが、料理本専門でないライターのワタシには、「こんな本の愛し方をしている人が、こんなところにいた」ということが、しみじみうれしく、勇気づけられる経験だった。
グルマン賞2022ダイジェスト動画
https://www.facebook.com/gourmandinternational/videos/710082223555777
※とりあえずここでアップしますが、翻訳できたテキストや
今後思い出したことなど、データを書き足してゆきます。