付き添い登園②〜くノ一からアンディへ〜
【回想録】
暫く文庫時代が続き、文庫の人は、子供たちのあたり前になっていた。
だいぶ、息子が文庫に来なくなってきた。
しかも、私と一緒なら少しづつ教室にも入れるようになってきたのだ。
息子の席は、みんなとは別の、前の隅の方だった。
私は息子の隣に座った。
子供の椅子は、とても小さくて、とても疲れた。
子供たちと一緒にお弁当の歌を歌い、子供たちとお弁当を食べた。
息子は「食べさせて」と甘えてきた。
自分で食べなよ、という言葉を飲みこみ、食べさせてあげた。
きゅうり畑で収穫したきゅうりを、子供たちに交じって私もかぶりついた。
とても、美味しかった。
みんな、自分で準備をし、自分で食べている。
教室にいると、息子の出来ていないところばかりが目につき、イライラが止まらなかった。
あんなに拒否していた教室に、今、みんなと居ることができているのに。
そんな息子の成長を、あの時の私は見ようともしなかった。
子供たちと一緒に教室で過ごす経験なんて貴重!
今しかできないことだから楽しんでいこう!
なんて明るく思えたなら、どんなに救われただろう。
実際は、
そんな、簡単なもんじゃない。
お弁当以外は、だいぶ見守り先生と過ごせるようになってきた。
私は相変わらず文庫の人として過ごしていたが、園長先生が文庫にやってきて、
「次のステップにいってみましょうか」と提案してくれた。
それは、「幼稚園から離れること」である。
実際、息子はお弁当の時間になるまで文庫に来ない日がずっと続いていた。
だから、お弁当の時間までに文庫に戻れば、バレない。
園長先生が、私に息抜きをと、気遣ってくれたのだ。
私は、チャレンジしてみることにした。
緊張した。
お弁当時間まで、2時間ほど。
それまでに文庫の人に戻らなくてはいけないのだ。
私は、幼稚園近くのスターバックスに行くことに決めた。
文庫のドアからそっと顔を出し、廊下に息子がいないことを確認した。
さささっと小走りに階段を駆け上り、事務所前に置いてある靴を取りに行った。
逃げるようにまた文庫に戻り、文庫の前の出口から外へ出た。
油断してはならない。
息子にバレたら、貴重なお茶タイムがなくなるどころか、今までコツコツ積み上げてきたことが全て崩れるかもしれない。黒ソファの人に降格するかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならない。
ささっ
さささっ
キョロキョロ
ささっ
おっとー!
園庭の砂場に見守り先生と遊んでる息子発見!
ささっ
物陰に隠れる母。
幼稚園の門まで行くには、息子が絶賛遊んでいる砂場の横を通過しなくてはいけない。
っくぅー
門まであと少しなのに!
すると、砂場にいた見守り先生と目が合った。
その時見守り先生と、なんか通じ合ったのを今も覚えている。
先生は、息子の気を引いてくれた。
私はその隙に、
ささささささささささささささささっ
と、息子の後ろを通過した。
気分は、もう女忍者。くノ一そのものだ。
この歳になって、くノ一を経験するとは思ってもみなかった。
さささっ
無事に門に到着し、幼稚園を脱出できた。
大きく深呼吸をして空を見上げ、
(うおぉぉぉーーーーーーーーー!!!!)
気分はまるで、「ショーシャンクの空に」のアンディだ!
この画像を、当時応援してくれていたママ友に送ったっけ。
私は自転車に乗り、スタバへと向かった。
嬉しくて嬉しくて涙が出た。
風が気持ちよかった。
滞在時間は確か、1時間半くらいだったと記憶している。その時飲んだキャラメルマキアートは各別美味しかった。
私は、再びくノ一と化し、文庫の人に戻った。お弁当時間になり息子が文庫に来た。
私は何食わぬ顔で本を読んでいたが、汗ダラダラ心臓バコバコだった。
文庫の人から、くノ一へと姿を変え、先生たちとの連携プレイで幼稚園をコソコソ脱出する日々が始まった。
私のくノ一もなかなかさまになってきた。
くノ一に変身する前にやるべき重要なことがある。
それは、私のカバンをカモフラージュとして、わざと文庫の机に置いておくことだ。
息子が文庫に様子を見に来てもそのカバンさえあれば、「お母さん幼稚園にいるよ。ちょっと席外しちゃってるだけよ」と、安心のお守りを渡すことができる。
息子は、そのお守りがあれば、私がそばに居なくても、見守り先生と過ごせるまでになっていった。
コソコソ抜け出し、買い物したり、掃除したり、銀行行ったり、夕飯の仕込みをしたり、1人でコーヒーを飲んだり、
お弁当の時間までのほんの数時間だけど、心の底からホッとし、涙が出た。
このなんともない日常、その一つ一つに感謝した。
あたり前だったことは、あたり前じゃないんだと、この時思った。
でも・・・実家に預けている次男のことを思った。
次男と過ごせていないことだけが、心にずっとひっかかっていた。
ごめんね、ありがとう、といつも心の中で次男を思った。
ある日。
ゆっくりしすぎて、あろうことか、お弁当時間に間に合わないという痛恨のミスを、くノ一母さんはおかしてしまった。
はぁはぁ言いながら文庫に戻ったのだが、そこに息子の姿はなかった。
文庫の先生に、
「(ぜーぜー、はぁはぁ、、、)あ、あの、息子、、来、来、来ましたか?(はぁはぁ)」
と聞くと、
「来ましたよー。でも、あれ?お母さんいないなぁ、と言いながら先生とここでお弁当食べていましたよ。今はおかえりの支度しに教室に行きましたよ」
と教えてくれた。
え。
まーーーじーーーでーーーすーーーかーーー
これが本当ならば、もしかして、次のステップにいけるんとちゃう?
え?いけるんとちゃう??
しんどすぎるお弁当時間から解放されるんとちゃう?
私は、高なる気持ちを落ち着かせながら園長先生のところに報告しに行った。
その日から、わざとお弁当時間に遅れるようにした。
息子から、「なんでいないのぉ?」と聞かれることもあったが、「ん?いたよー。暇だから園内散歩してた」とごまかすと、「ふーん」と言うだけで、そこから問いただされるようなこともなかった。
息子の安心空間が、だんだん広がりつつあるのをこの時感じた。
そして、園長先生と相談をして、ついに次のステップ「ちょっと用事があるけどすぐ戻るよ」作戦を決行することになった。
なんらかの理由をつけて、文庫には寄らずに一旦幼稚園を離れるけど、すぐ戻る、という作戦だ。
いよいよ、くノ一を卒業する時が来るかもしれない。
長い長い文庫時代に幕を下ろす時が来るかもしれない。
散々期待しては玉砕してきた日々だけど、この時ばかりは、心が躍った。
どうかどうか作戦がうまくいきますように。
息子よ、頼むぞ。
と、何度も心の中で唱えた。
再び、くノ一母さんは、アンディになれるのか。
あの画像を、もう一度登場させることができるのか。
全ては、息子次第だ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?